久米裕選定 日本の百名馬

アズマハンター

父:ダストコマンダー 母:ハンティングボックス 母の父:Quadrangle
1979年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:G1皐月賞

▸ 分析表

前回の「日本の百名馬」では、日本の古典的ステイヤータイプの配合馬としてメジロデュレンを紹介した。そこで今回は逆に、その当時芽生え始めていた「新しい形態」を備えた配合馬の1頭として、アズマハンターを取り上げてみたい。

《競走成績》
3~4歳時に14戦4勝。主な勝ち鞍は皐月賞(GI・芝2000m)。3着──ダービー(GI・芝2400m)。

《種牡馬成績》
  1984年から供用され、代表産駒にはユーセイフェアリー(阪神牝馬特別、ナリタタイシン〔父リヴリア〕の半姉)

父ダストコマンダーは米国産。1973年に日本に輸入。 競走成績は42戦8勝。ケンタッキーダービーを制している。したがって、日本での種牡馬としての活躍が期待されたが、初年度から期待ほどの産駒にめぐまれず、今回紹介するアズマハンターが実績を残す前の1980年に、再びアメリカに買い戻された。日本では、アズマハンターの他には、ダイワハヤブサ(東京4歳S、スプリングS=5着)がいる程度で、上位に入ると物足りない産駒が多かった。

一方、アメリカでは、プリークネスS(GI)を勝ったMaster Derbyや、アーリントンワシントンフューチュリティを制し、三冠レースを好走した(ケンタッキーダービー2着、プリークネスS3着、ベルモントS2着)Run Dusty Runなどを出して実績を残している。

母ハンティングボックスは、米国産輸入馬で1勝の戦績。BMS=Quadrangleは、ベルモントS(GI)などを含め10勝馬。その産駒には、米牝馬チャンピオンに3回選出されたSusan’s Girlがいる。Quadrangleは、Mahmoudをはじめ、スピードのTetratema、スタミナのBull Leaなど、魅力のあるアメリカ系の血で構成された血統の持ち主である。

また母ハンティングボックスの母方には、ジュライC2回を含め14勝をあげた名スプリンターAbernantがおり、さらにOrby系のスピードの血Gold Bridgeも含まれている。こうして見ると、母ハンティングボックスは、当時輸入された繁殖牝馬としては、日本では珍しく、時代を先取りしたバランスのよい配合馬だったことがわかる。ただし残念なことに、ハンティングボックスは、アズマハンターを出すまでは、この血を生かす種牡馬に恵まれなかった。初年度の種付けが、ヨーロッパ系主体のパーソロンであったことに示されるように、いわば時代が、この馬に味方しなかった。とはいえ、構成されている血の優秀性は前記の通りである。

話は戻るが、こうした時代を先取りするような血で構成されている母に起こった不幸と同様なことは、父のダストコマンダーに対しても指摘できる。つまり、当時の日本の繁殖牝馬はヨーロッパ系が主体。そこにBold Ruler系で、さらにStimulus-Ultimusといったアメリカ系の血を持つダストコマンダーを配しても、血の傾向が合う確率が低いことは明らかあった。「期待ほどの産駒が出ていない」と評されたことも、むしろ当然の結果といえた。

そうした不遇の親同士の間に生まれ、初めて両者の血が生きたケースがアズマハンターなのである。アズマハンターの主導勢力は、位置と系列ぐるみの関係からBull Lea内Bull Dog。この血によって、まずスタミナの核を形成し、スピードはMumtaz MahalおよびTetratema(=The Satrap ) で、両者はThe Tetrarchを共有している。さらにThe Boss-Orby-Ormeが系列ぐるみを形成し、これらの血はSt.Simon、Hampton、Bend Orを通じて主導と結合を果たしているので、すばらしいスピードと決め手を備えた内容であることが読み取れる。

それに対し、スタミナは、前記のBull Dogに加えて、Blenheim(英ダービー馬)だが、これはMahmoudおよびWindy City内のものなので、スピードとスタミナの比率は5対5程度であり、従って内容は10Fを限度とするマイラーと推測できる。

アズマハンターの8項目評価は以下の通り。

 ①=○、 ②=○、 ③=○、 ④=□、 ⑤=○、⑥=□、 ⑦=○、 ⑧=□
 評価=1A級、距離適性=8~10F

前面に出ているクロス馬がBull Dog、Blenheimであり、父母がアメリカタイプの血であることから、一見するとダートタイプの配合のように思われがちな内容である。しかし、Abernant内のキーホースMamtaz Mahal-The Tetrarch、Orbyなどをしっかりとクロスさせ、Tetratema(=The Satrap)の系列ぐるみを加えたスピードの連動はみごとである。大きな欠陥・弱点もなく、全体がまとまって、芝・ダートを問わず、スピードを発揮することが可能な内容である。

アズマハンターの配合は、「アメリカ系の血=ダート馬」といった図式に当てはまらないケースもあるということをいち早く示唆し、なおかつそうした形態でのすぐれた血統構成を示してくれた。

アズマハンターは、昭和57年の皐月賞馬だが、当時はトウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスの時代が終わり、久しくスターホース不在の年が続いていた。そんな折りに、4歳クラシック戦線では久々のスター誕生と騒がれたのがハギノカムイオー(父テスコボーイ、母イットー)である。

同馬は、価格が破格の1億8500万円ということもあり、「黄金の馬」とも称され、2戦2勝で東上してきた。そして関西にはもう1頭、怪物サルノキング(父テュデナム、母シギサン)もいて、5戦4勝で東上してきた後、東京4歳S、弥生賞も制して連勝記録を6に伸ばしていた。両者はスプリングSで対決することになり、久々に競馬が盛り上がりを見せた。結果はハギノカムイオーが逃げきり、サルノキングは4着に敗退し、その上骨折してリタイアしてしまった。

サルノキング不在の皐月賞では、当然のことながら無敗のハギノカムイオーが圧倒的に人気を集めて1番人気になった。この年は関西勢優位の年で、ほかにもワカテンザン(父マイスワロー)、ロングヒエン(父ホープフリーオン)などが上位を狙っていた。

そういう意味で、この年の皐月賞は、ハギノカムイオーが名実ともにスターになることを期待されたレースでもあったが、結果は、その自慢のスピードを披露することができずに(一度も先頭に立てなかった)、20頭立ての16着に沈んでしまった。そして、混戦を制したのが、アズマハンターだったのである。

参考までに、「黄金の馬」ハギノカムイオーと、そのライバルであった「怪物」サルノキングの血統分析表も載せておこう。

まず、ハギノカムイオーだが、主導はNasrullahの3×5・5の系列ぐるみ。強調されているのが父の父Princely Gift、および母方のBMSヴェンチア内Pherozshah、Never Say Die、Nearulaなどで、いずれもスピード勢力として主導と連動している。近親度の強いスピード優先の形態である。したがって、仕上がりは早く、デビュー後3連勝も、その意味では納得できる。しかし、「黄金の馬」と騒がれるほどの内容と、配合の妙味はまったくない。20年後の現在、その血の内容を検証し、競走馬の能力向上に貢献したかどうかを問えば、1億8500万円もの値段に見合う価値は、とうてい見いだすことはできない。それに比較すれば、アズマハンターのほうが、はるかに現代に通じる血の内容を持っていたことがわかる。

同馬の8項目評価は、

 ①=○、 ②=□、 ③=□、 ④=□、 ⑤=△、 ⑥=□、 ⑦=□、 ⑧=□ 
 総合評価=2B級 距離適性=8~10F

つまり、日本適性と仕上げやすさで勝負できたスピード馬という評価が妥当なところだろう。

▸ ハギノカムイオー分析表

つぎにサルノキングだが、この馬にいたっては、走った後からの理由づけはできたとしても、理論上からは、とうていこういう配合は実行できないような内容を示している。まず、主導はPharos(=Fairway)の6・6・6・6×4のクロス(中間断絶)で、これを先導役として、BMSのFairwayに血を集合させる形態になっている。他に、Orbyの系列ぐるみとPolymelusがスピードをアシストし、スタミナはSon-in-Lawの系列ぐるみで、主導とはTeddyとHamptonで結合を果たしている。

クロス馬の数の少なさと、強調されているソロナウェーの血を全開させたことが、3歳から4歳トライアルまでの快進撃の血統的裏づけといえるだろう。しかし、全体としては、父テュデナムの血の流れを生かすことができず、早熟タイプであったことは容易に推測がつく。かりに、無事本番の皐月賞まで駒を進めることができたとしても、アズマハンターの敵ではなかったはず。

8項目評価に当てはめると、

 ①=○、 ②=△、 ③=○、 ④=△、 ⑤=□、 ⑥=□、 ⑦=□、 ⑧=□
 総合評価=2B級、距離適性=8~10F

いわゆる一流馬でも、ましてや「怪物」でもないことは明らか。カムイオーとは内容が異なるが、早熟タイプであることは同じ。

▸ サルノキング分析表

以上、有力馬の内容を検証すれば、この年の皐月賞におけるアズマハンターの勝利は、血統面から見ればもっとも自然な結果であったといえるだろう。ただし、ダービーでは、さらに上の血統馬=バンブーアトラスが出現したことで、アズマハンターは3着に終わる結果となった。

ようするに、この年は、一般での人気や評価は得られない馬のなかに、理論上妙味のある優れた内容の馬たちが多く含まれていたのである。今回は紹介しきれなかったが、ロングヒエン(父ホープフリーオン)、ミョウジンホマレ(父プロント)、ホクトフラッグ(父シャトーゲイ)、ホスピタリティ(父テュデナム)などが、そういう個性派の馬たちである。

 

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