久米裕選定 日本の百名馬

クライムカイザー

父:ヴェンチア 母:クインアズマ 母の父:シーフュリュー
1973年生/牡/IK評価:3B級
主な勝ち鞍:ダービー

▸ 分析表

今回の「百名馬」は、クライムカイザーを取り上げてみたい。同馬は、ダービーは制したものの、その後は1勝もできず、その意味では、戦績だけでは「名馬」とは認められないかもしれない。そして、種牡馬として、実績を残すことも叶わなかった。

それでも、「百名馬」で取り上げる理由は、ダービー馬のなかではめずらしく、Man o’ Warを父系にもつヴェンチアを父としていたことと、産駒にマイネルブレーブという血統構成のすぐれた馬を出したことの2点からである。

この2つのことは、血統の歴史を考察する上でも参考になると思う。また、偶然にも、この原稿の準備をしているときに、クライムカイザーの死が新聞で報じられていた。これで、春のグリーングラスに続き、昭和51年の「最強世代」の馬が、また1頭消えていったことになる。

残念ながら、ともに競走馬の「血」としても消えゆく馬たちだが、将来の優駿生産の参考のためにも、配合上の一形態として、ぜひとも記憶にとどめておいていただきたい。

《競走成績》
3~5歳時に21戦5勝。主な勝ち鞍は、ダービー(東京、芝2,400m)、弥生賞(中山、芝1,800m)、京成杯(東京、芝1,600m)。菊花賞はグリーングラスの5着、天皇賞(春)はテンポイントの5着。

《種牡馬成績》
昭和55年(1980年)から供用され、年間15頭程度の産駒を送り出したが、中央ではこれといった産駒に恵まれなかった。わずかに、ダービーで2番人気に支持されたマイネルブレーブ(結果は7着)が、共同通信杯4歳S(GⅢ)を制した程度。

父ヴェンチアは、英国産で、英仏で走り、12戦7勝。英2,000ギニーは2着だったが、ミドルパークS、サセックスSなど、主にマイル戦で活躍した。

1970年から日本で種牡馬として供用され、ハギノカムイオーの母イットー(高松宮杯、スワンS)、桜花賞馬タカエノカオリをはじめとした、スピード馬を出している。中距離路線でも、クライムカイザーをはじめ、京都大賞典を制したパッシングベンチャ、弥生賞・オールカマーのトドロキヒホウを出す。また、公営でも、東京記念を制したトドロキエイカンをはじめとして、多くの活躍馬を輩出した。

このように、種牡馬としてのヴェンチアの特徴は、距離や芝・ダートを問わず、さまざまなタイプの産駒を生み出したことである。その理由を探るために、まず、ヴェンチア自身の血統構成を考察しておこう。

ヴェンチアは、アメリカのMan o’ Warの流れをくむRelicの直仔だが、自身はRock Sandの系列ぐるみを主導に、St.Simon-Galopin、Hermit-Newminster と、ヨーロッパのスピード、スタミナのアシストを受けている。Black ToneyやPeter Panといった血の生かしかたや、母内のヨーロッパ系のThe Tetrarch(スピード)とDark Legend (スタミナ)などの生かしかたは、万全とはいえず、いわゆる一流の内容とはいえなかった。

しかし、Rock Sandを中心とした主導の明確性、およびそこに連動しているSt.Simonを中心とした結合のよさは、この配合の長所であり、ここが英仏で好成績を残すことができた血統的要因と考えられる。

ヴェンチアの8項目評価は以下の通りになる。
 ①=○、②=□、③=◎、④=□、⑤=□、⑥=○、⑦=○、⑧=□
 総合評価=1A級 距離適性6~9F

▸ ヴェンチア分析表

クライムカイザーの母クインアズマは不出走で、産駒もクライム以外にはこれといった活躍馬は出していない。

BMSシーフュリューは英国産で8戦3勝。競走成績的には、GⅠ勝ちはなく、とくにすぐれた内容ではなかった。しかし、日本に輸入されてから、ダービー馬のアサデンコウやジョセツ(高松宮杯、目黒記念、七夕賞)など、ここ一番というときに底力を発揮するタイプの産駒を出している。Sicambre、Danteなど、主にスタミナ系の血の伝え手として、その役割を果たしてきた。

そういう両親を持ったクライムカイザーだが、分析表が示す通り、母クインアズマがヨーロッパの血を主体に構成されているため、Man o’WarやBlack Toneyといったアメリカ系の血はクロスになっていない。とはいえ、Rock Sandをはじめ、前述したヴェンチアの構造が示すように、St.Simon、GalopinおよびHermitがクロスし、Relic内に欠陥を生じさせることなく、ヴェンチア自身が持つクロス馬をうまく再現している。

主導は、Pharosの系列ぐるみ(4×6・6)で、父の母内Pherozshahを強調。ここを構成している血は、Mumtaz Mahal、Lady Josephine、The Tetrarch。および、母内でこれに呼応しているのが、Fair Trial内Lady Josephine、Tetratemaの父としてのThe Tetrarchが7・7・8ということからも、明らかにスピード勢力として、能力形成に参加していることがわかる。

それに対し、スタミナは、Dark Legend -Dark Ronald、およびRock Sandだが、Sicambre、Precipitation、Big Gameといった血のアシストは弱く、母の持つスタミナのよさは半減している。ここがクライムカイザーの限界と考えられる。

しかしながら、主導のPharosの系列ぐるみに対し、Rock SandはSainfoinとSt.Simonで、Dark RonaldはHermit、St.Simon、Bend Orで、The TetrarchはBona Vistaで、Lady JosephineはSierra=Sainfoinというように、主な系列はすべて直結している。この主導の明確性と、結合のよさが、クライムカイザーの配合の長所であり、スピードという個性を備えていたことは確認できる。

クライムカイザーは、ダービーで、直線で先頭に躍り出たトウショウボーイを一瞬の出し抜けで交わし去り、そのまま最後まで粘りきってゴールを駆け抜けて優勝している。その勝負は、大本命のトウショウボーイが足を余して負けたために、加賀武見騎手の好騎乗、奇襲戦法による勝利として語り継がれてきた。

そういう離れ業を演じることができたクライムカイザーの血統的要因をあげるとすれば、まさにPharos主導の明確性と、それをアシストしたスピードのThe Tetrarch、Lady Josephineの連動態勢および結合のよさだといえる。それがもたらす反応のよさこそが、あの一瞬の脚につながったと考えられる。

以上のことを、8項目評価に照らすと、つぎのようになる。
 ①=◎、②=○、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性8~11F

以前に、グリーングラスの解説でも触れたが、同じ世代には、トウショウボーイ、テンポイントなどがいて、当時は「最強世代」と呼ばれていた。そして、この「三強」は各馬とも、その実績を反映し、血統構成上も、それぞれが現代に通じる個性を持ち合わせ、優秀な内容を備えていた。

それでいえば、同期のクライムカイザーは、母内のスタミナ勢の生かしかたが万全とはいえないため、成長力・底力といった面で、三強より配合的に劣っていたことは否めない。同馬が、ダービー以後は1勝もあげることができず、三強に水を開けられたことも、それを証明しているといえよう。

しかし、ダービーでは、テンポイントが骨折し(7着)、トウショウボーイも血統構成上距離面の不安があった(2着)となれば、その隙をつくだけの可能性を秘めた配合上の妙味を備えていたということは、同馬のためにも記しておきたい。

種牡馬としてのクライムカイザーは、《種牡馬成績》の項で触れた通り、実績を残せないまま終わってしまった。しかし、たった1頭の活躍馬ではあったが、マイネルブレーブは、クライムカイザーの不備を補い、配合上たいへんすぐれた内容をもっていた。最後に同馬の血統を紹介しておこう。

母ブレーブドーター未出走。その父ボンジュール(昭和39年輸入)は、9戦4勝。仏ダービーでCharlotteville(ステイヤー)の3着という実績を持つものの、大レースでの勝ち鞍はない。また、種牡馬としては、公営で関東オークスのヒメオールを出したものの、中央ではこれといった活躍馬を出すことなく、種牡馬生活を終えている。

ただし、その実績に反し、血の内容は、ヨーロッパのスタミナ系のArdan、Borealis、Hurry On、そしてスピード系もThe Boss-Orby、Tetratema、The Tetrarchなどの血を内包しており、なかなか魅力のある血で構成されている。母ブレーブドーターは、マイネルブレーブの他にも、皐月賞5着のアサカフォンテン(父ホワイトフォンテン)を出している。

マイネルブレーブの主導は、Nearco-Pharosの系列ぐるみ。これによって、母内タリヤートス(タケホープのBMSであり、スタミナの主体)のスタミナと、クライムカイザー自身のスピード源であるPherozshahを再現している。次いでHurry On、Asterus、Prince Roseによりスタミナをアシストしている。

スピードは、クライムカイザー自身ではクロスしなかったTetratemaが、7・7・8×6・7で、Bona Vistaを通して主導の傘下に収まっている。父内Relicは完全ではないが、Bend Or、Sainfoin、St.Simon-Galopinで押さえ、弱点にはならずにすんだ。また、シーフュリュー内のAlcantara-Perth、Sans Souci といった特殊なフランス系の血もクロスとなり、Sicambreの持つスタミナもみごとに再現している。

したがって、マイネルブレーブの血統構成は、スピード・スタミナを兼備し、みごとなバランスの異系交配の内容を示している。マイナーな父母からとはいえ、絶妙の相性を示し、これぞ配合の妙といえる。

まぎれもなく、父を超える血統構成の持ち主であった。
 ①=○、②=○、③=○、④=○、⑤=◎、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性9~15F

▸ マイネルブレーブ分析表

この世代は、中心馬不在の戦国ダービーといわれ、皐月賞はドクタースパートが制し、2着に入ったウィナーズサークルも条件級からの挑戦ということで、本番ダービーでは、直前に権利を得て出走してきたロングシンフォニーが1番人気におされた。マイネルブレーブは、共同通信杯を制した後、脚部不安を発症し、皐月賞は回避。復帰初戦のNHK杯を3着と好走したことから、ダービーでも2番人気に支持された。

しかし、結果は、ウィナーズサークルの7着に敗退。結局、脚部不安をかかえた無理使いがたたり、ダービー後は一度も出走することなく、引退を余儀なくされた。

無事であれば、菊花賞、天皇賞も狙える可能性を持っていただけに、残念であった。競走成績は8戦2勝。主な勝ち鞍は共同通信杯(GⅡ)。京成杯3歳Sはサクラホクトオーの2着、NHK杯はトーワトリプルの3着。

〈参考〉ダービー上位3頭の血統構成について

●1着=ウィナーズサークル 3B級
 Blandford系、あるいは仏系のLa Farinaなど、たしかにスタミナには見どころがあり、その個性がダービー制覇につながったものと考えられる。しかし、主導の不明確さ、スピード勢力の弱さなどから、ダービー馬としては物足りない内容で、良馬場で勝ち時計2分28秒8という遅さが、それを物語っている。

▸ ウィナーズサークル分析表

●2着=リアルバースデー 2B級
 Nasrullahの系列ぐるみを主導に、祖母内Never Say Dieを強調。悪い内容ではないが、BMSエルセンタウロの不備など、リアルシャダイへの配合としては不完全。ただし、仕上がりやすく、日本では有利な内容であることは、現代にも通じる形態として確認できる。

▸ リアルバースデー分析表

●3着=サーペンアップ 3B級 
 主導の位置的な問題は残るが、同じ3B級でも、ウィナーズサークルよりは、スピード・スタミナのバランスの面で明らかに整い、ネプテューヌスの生かしかたにも見どころがある。上位3頭のなかでは、血統構成は、この馬がもっともすぐれていた。

▸ サーペンアップ分析表

 

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