久米裕選定 日本の百名馬

クリフジ

父:トウルヌソル 母:賢藤 母の父:チャペルブラムプトン
1940年生/牝/IK評価:2A級
主な勝ち鞍:ダービー、オークス、菊花賞

▸ 分析表

クリフジは、昭和15年(1940)3月、下総御料牧場生れの牝馬。冠「クリ」の馬名でおなじみの栗林友二氏が、馬主になりたての頃、2歳セリ市で購入し、尾形藤吉厩舎に入厩した。脚部不安のためデビューが遅れ、昭和18年5月16日の府中の芝1800m戦が最初のレースになる。5頭立てで、見習いの前田長吉騎手が騎乗し、トシシロに1馬身差をつけて優勝、みごとデビュー戦を制した。続く2戦目、5月30日の芝1,600m戦では、桜花賞馬のミスセフトに大差をつけて勝利。

そして3戦目で6月6日のダービーに挑戦し、1番人気に支持される。スタートで出遅れたものの、そんな不利はものともせず、直線で他馬を引き離し、2着のキングゼアに6馬身差をつけ、2分31秒4のレコードタイムで圧勝した。これは、第5回ダービーのヒサトモにつぎ、2頭目の牝馬ダービー馬の誕生であった。

秋になっても、クリフジの快進撃は衰えることがなく、オークス(当時は秋に開催、阪神競馬場の芝2400m)では、ミスセフトに10馬身の差をつけレコード勝ち。そして、その後2勝し、再び牡馬と対戦する京都競馬場の菊花賞に駒を進める。ここでも、ファーム・メイトで後の天皇賞馬ヒロサクラをまったく相手にせず、大差勝ちを演じ、これによって同世代の頂点に立った。

その後、古馬となり、3戦するが、いずれも楽勝で、最後のレースとなった横浜記念(2,400m)ではレコードタイム勝ちで、通算成績11戦11勝、無敗のまま競走生活を終えた。

《競走成績》
3~4歳時に走り11戦全勝。主な勝ち鞍は、ダービー(芝2400m)、オークス(芝2400m)、菊花賞(芝3000m)、横浜記念(2400m)など。

《繁殖成績》
産駒は、トーアノフジ(牡、父シアンモア、15勝、種牡馬)、イチジョウ(牝、父セフト、クモハタ記念など7勝)、ヤマイチ(牝、父トシシロ、桜花賞・オークスなど5勝)、ホマレモン(牡、父グレーロード、金杯など8勝、天皇賞2着、種牡馬)、メジロフジ(牝、グレーロード、2勝)、スガヤホマレ(牡、父タークスリライアンス、7勝)など。

父トウルヌソルは、英国産で、プリンス・オブ・ウェールズSなど、24戦6勝。昭和2年、98,076円を投じて、宮内省が輸入。第1回ダービー馬のワカタカをはじめ、トクマサ、ヒサトモ、クモハタ、イエリュウ、そしてクリフジと、6頭のダービー馬を輩出するなど、小岩井牧場のシアンモアとともに、昭和初期の2大種牡馬の一角を担った。その産駒のクモハタも種牡馬となって大成功を収めたことからも、日本競馬史に多大な貢献をしたことは疑う余地がない。

トウルヌソルの血統は、St.Simonの4×4、Hamptonの4×4を呼び水に、Newminster、Stockwellの系列ぐるみで全体をリード、Volfigeur(=Volly)、Pocahontasを 結合の要として、どちらかといえばスピード優位の血統構成を示していた。ただし、血の統一性を欠いたことは、上級レベルでの詰めの甘さの要因となり、レベルとしては必ずしも一流のそれではなかった。

とはいうものの、当時繁殖側に浸透していたSt.Simon、Galopinをはじめ、StockwellやHamptonを丁度よい世代に配していたことは、種牡馬として成功する要素として十分な条件を備えていた。

母の賢藤は、チャペルブラムトンの仔で、競走成績は5勝、ただし大きなレースは勝っていない。その実績が示す通り、血統構成も、これぞという主導勢力がはっきりせず、二流の内容であった。そのかわり、トウルヌソルと同様、Stockwellを19個、さらにその母Pocahontasを25個と豊富に持ち、それが土台構造を構成していたことは注目すべき部分で、この構造が繁殖として実を結ぶ要素となっていることは、記憶しておきたい。

そうした父母の間に生れたクリフジだが、その血統は、もっとも影響力の強い血がSt.Frusquinの4×5、これにSt.Simonの5・5×5・6・6・6と、Galopinの5・6・6・7×6・7・7・7がクロスとなり、系列ぐるみを形成して、明確な主導勢力になっている。St.Frusquinは、2000ギニー(8F)、エクリプスS(10F)の覇者で、St.Simon産駒の中ではスピードを備え、その能力がクリフジの能力形成においても、スピードの供給源となっている。クリフジの他馬を寄せつけないスピードは、まずこの血がしっかりと生きたことによるものと考えて、間違いない。

そして、それに続いているのがセントレジャーやダービーを制しているPersimmonの父のとしてのSt.Simonが、5代目でクロスし、St.Frusquinにスタミナを注入する役割を担っている。その他の6代目以内でクロスしている血を検証すると、Hamptonの5・5×6の系列ぐるみのクロスが、Melbourne、Pocahontas、Volley(=Volfigeur)によって主導のSt.Frusquinと結合を果たし、スピード・スタミナを供給している。

さらにBend Orの6×6、Wisdomの5×6・6、Isonomyの6×7なども、ともにPocahontasで、主導と結合し、スピード・スタミナを供給。Sterling-Whisperも、Melbourneで主導と結合し、スタミナを供給している。これらは、いずれの系統も主導と直接結合を果たしているので、強固な連動態勢を整えている。そして、弱点や欠陥の派生もなく、強調されたGainsboroughのキーホースを押さえることにも成功。この主導の明確性と強固な結合、さらにスピードとスタミナの比率のよさこそが、クリフジの強さの秘密といえる。

これらを、8項目で評価すると、以下のようになる。

 ①=○、②=○、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=□ ⑦=○、⑧=◎
 総合評価=2A級 距離適性=8~15F

賢藤の血の質の面で、少し心もとない部分は残るものの、トウルヌソルとの相性ということでは、ほぼパーフェクトに近い内容。なかでも、30個あるPocahontasが各系統を緻密・強固に結びつけているその構造は、クリフジの血統構成および能力形成における重要なポイントである。これが、前述した繁殖牝馬としての賢藤が、その血統上の特色と可能性を実現させた成果なのである。

日本競馬史上、最強の牝馬として、無敗のまま繁殖入りしたクリフジは、当然のことながら、その産駒に対する期待も大きかった。そして、先述したように、オークス・桜花賞を制したヤマイチ(父トシシロ)をはじめ、クモハタ記念を制したイチジョウ、(父セフト)、金杯のホマレモン(父グレーロード)と、ステークスウィナーを出した。これ以外の産駒も、全頭勝ち上がっており、それなりの実績を残している。

しかし、クリフジの強さ、実績からすれば、これでもまだ納得できないという見方もあり、繁殖としての評価はいまひとつとされていた。そこで、実際にヤマイチやイチジョウは、どのような配合内容だったのかを、分析表から検証してみることにしよう。

■ヤマイチ

▸ ヤマイチ分析表

主導は、Sainfoinの5×5の系列ぐるみで、Rock Sandを強調し、この血はスタミナ勢力として能力形成に参加している。次いでPersimmonの7×5、Hamptonの8・9×6・6・7、Bend Orの6・9・9・9×7が系列ぐるみとなり、Lord Clifden、Stockwellなどによって主導と結合して、スピード・スタミナを供給している。

問題は、トシシロの母月城内の血に世代ずれを生じていることと、主導のSainfoinが全体の中で多数派でなかったことである。そのために、桜花賞馬といっても、スピード的には一流の内容ではなく、むしろスタミナ優位の血統構成といえる。8項目評価は以下の通り。

 ①=□、②=△、③=○、④=○、⑤=□、⑥=○ ⑦=□、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

したがって、ヤマイチに対する評価は、むしろオークスタイプの配合馬であって、菊花賞3着という実績が、そのスタミナ優位の証明となる。

■イチジョウ

▸ イチジョウ分析表

Sainfoin(=Sierra)の5×5は中間断絶で、位置と系列の関係から、主導はSt.Simonの6・6×6・6・6・7・7の系列ぐるみのクロス、次いでHamptonの6・6・7×6・6・7だが、両者の結合は必ずしも万全とはいえない。これが、上級レベルのレースでの詰めの甘さを招いた要因。8項目評価は以下の通り。

 ①=□、②=△、③=□、④=○、⑤=○、⑥=□ ⑦=□、⑧=□
 総合評価=2B級 距離適性=9~11F

両者とも、一般レベルでいえば、決して悪い配合ではなく、むしろバランス的にも整い、無難なまとまりを示しているといえる。しかし、クリフジ自身が主導としていたSt.Frusquinがクロスになれず、これぞという個性を欠いた配合になってしまっていることも否めない。それでいえば、確かにクリフジ産駒としては、妙味に欠けるかもしれないが、当時の少ない種牡馬の中では、2頭とも配合の方向性は正しかったとみるべきだろう。

さて、無敗で競走生活を終えたクリフジだが、2着馬につけた着差は、デビュー戦の1馬身がもっとも少なく、それ以降はダービーの6馬身、古馬混合で10馬身、そして菊花賞では大差と、まったく他馬を寄せつけない文字通りの圧勝の連続であった。そこで、クリフジと同期馬の中で、菊花賞2着、翌年春の天皇賞を制したヒロサクラの血統構成について、触れておきたい。

■ヒロサクラ

▸ ヒロサクラ分析表

St.Simonの5・6・6×5・6・6・6を主導とし、次いでWenlockの5・6・6×6の系列ぐるみで全体をリード。両者は、Birdcatcherによって結合を果たしているものの、必ずしも強固とはいえず、開花に時間を要するタイプと推測できる。とはいうものの、クロス馬の種類・数は少なく、弱点・欠陥の派生もなく、前面でクロスしている血の質は高い。スタミナに優れたしっかりした血統構成であることは、間違いない。8項目評価では次のようになる。

 ①=○、②=□、③=□、④=○、⑤=□、⑥=○ ⑦=□、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=10~15F

こうしてみると、クリフジの同期馬の配合レベルは、決して悪いわけではなかったことが分かる。そのかわり、ヒロサクラに限らず、当時の日本馬はスピード要素に欠け、どちらかといえばスタミナ過多ぎみの配合馬が大半を占めていたという状況が推測できる。そうした時代の中にあって、St.Frusquinのスピードを再現したクリフジは、別格だったと考えるべきで、それが菊花賞におけるヒロサクラとの「大差」に現れたといえるだろう。

ところで、クリフジの産駒の中から、トーアノフジ、セフトワイ、ホマレモンといった馬たちが種牡馬になった。しかし、産駒には恵まれず、いわゆるサイアーラインの中にその名を見ることはできない。またファミリーとしても、クリフジ-賢藤の名は消えている。

そのかわり、クリフジの全姉の「神藤」、「鶴藤」といった馬の血は、ファミリーとして残り、桜花賞を制したブロケードの母系4代目に神藤がいる。同じファミリーから、2001年の菊花賞で2着に入って大穴の立役者となったマイネルデスポットの6代目にも神藤の名を見ることができる。

鶴藤のほうは、ガーネットSなどダート・オープンで活躍したニホンピロサートの母系5代目に配されている。ここでは、ブロケードの分析表を掲載しておくので、ご自分の目で確認していただきたい。

▸ ブロケード分析表

 

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