久米裕選定 日本の百名馬

ロングエース

父:ハードリドン 母:ウインジェスト 母の父:ティエポロ
1969年生/牡/IK評価:3B級
主な勝ち鞍:日本ダービー、弥生賞

▸ 分析表

ロングエースがダービーを制したのは1972年(昭和47年)だが、その前年は、春には厩務員組合のストライキでダービーが大幅に遅れ(7月9日)、また暮れには、関東で流感が蔓延し、公営競馬が中止になったり、中央競馬でも出走取り消しがあいつぐなど、混乱の続いた年であった。

そのことも影響してか、翌72年春の4歳クラシック戦線で上位を争う馬たちは、主に関西馬で占められた。その顔ぶれとは、「怪物」といわれたヒデハヤテ(父タマナー)が故障離脱した後は、ランドプリンス(父テスコボーイ、皐月賞制覇)、タイテエム(父セントクレスピン、天皇賞)、そしてロングエースの3頭が、「3強」を形成していた。

ダービーにおいても、直線で、真ん中にタイテエム、外にランドプリンス、そして内にロングエースと3強が並び、まさに死闘を演じた。そして最後に武邦彦騎手騎乗のロングエースが抜け出し、ダービーの栄冠を手中に収めた。

この年の4歳は当時、「最強世代」といわれ、この3頭のほかにも、イシノヒカル(菊花賞、有馬記念)、タニノチカラ(天皇賞、有馬記念)、ストロングエイト(有馬記念)、快足スガノホマレ(ラジオ短波賞)、ハクホウショウなどの個性派の馬たちがいて、まさに「最強」の名にふさわしいメンバーが揃っていた。

そのなかで、今回とりあげるのはロングエース。

《競走成績》
3歳時は不出走、戦績は4歳時のみで10戦6勝。主な勝ち鞍は、ダービー(芝2400m)、弥生賞(芝1800m)。3着──皐月賞、5着──菊花賞。

《種牡馬成績》
テルテンリュウ(NHK杯、ダービー3着)が代表産駒。

父ハードリドンは,1955年英国産で5戦2勝。英ダービー、愛2000ギニーはともに2着。海外での種牡馬実績は、シャンペンSを制し3戦3勝のハーディカヌートや、愛セントレジャーのGiolla Mearなど。日本では、1968年から供用され、ロングエースのほか、リニアクイン(オークス)、ロングホーク(阪神大賞典、サンケイ大阪杯、日経新春杯)を始め、活躍馬を輩出している。また、1976年に輸入された仏ダービー馬ハードツービートは、前記ハーディカヌートの代表産駒である。

母ウインジェットは、浦河産で20戦4勝。ロングエースのほかに、ロングワン(父サウンドトラック、11勝)、ロングファスト(父フォルティノ、6勝)などの活躍馬を出し、名牝の仲間入りを果たした。その父ティエポロ(伊セントレジャー)は、タニノムーティエ(ダービー)、タニノチカラのBMSとしても有名で、当時「ティエポロ牝馬の仔は走る」という定説が確立されたほど。

日本のサラブレッドの血の歴史を、主導勢力のクロス馬で見てゆくと、1970年ごろまではBlandford、Gainsboroughが主役であった。その流れに変化のきざしが見え始めたのが1967年生のタニノムーティエの主導Pharos(中間断絶)あたりからで、2年後のロングエースの世代では、ヒデハヤテがPharosの4×4(中間断絶)、イシノヒカルがPharosの5×3(単一クロスの呼び水構造)と続き、Pharos系の血が急速に浸透し始めていた。そうした下地があって、つぎのNearco主導へと発展していったものと考えられる。

話をもどすと、ロングエースの血統は、分析表が示す通り、5代以内に存在するクロスはPharos(=Fairway)の5×4の中間断絶のみである。ここに1代あいて6代からPolymelusが系列ぐるみのクロスを形成して、Fairwayに血を集合させる役目をまず果たしている。

つぎに影響度数字に換算される6代目のクロス馬を検証していくと、TeddyはHamptonで主導と結合し、以下同様に、Bachelor’s DoubleがHermitとIsonomy、SardanapaleとRabelaisがSt.Simon、という具合にいずれも主導と結合している。これらの血は、主にスタミナ勢力として、ロングエースの能力形成に参加し、同馬がダービー2400mのゴール前で他馬を制した勝利の一因になっていると考えられる。また、同馬の血統では、BMSティエポロ内6代目で、The Tetrarchがクロスしているほか、母の母内6代目でもその父Roi Herodoがクロスとなって後押しをし、スピードを確立している。The Tetrarchは、Bona Vistaで主導と直結し、先導役のFairway内にスピードを注入している。そして、ほかにもOrby-Ormeのスピードをも傘下に収めたことが、ロングエースのスピードの源泉であり、この配合のポイントとなっている。これが、同馬をデビュー戦から圧倒的なスピードで連戦街道をばく進させた血統的要因といえよう。

現代でこそ、The Tetrarchの血は、Nasrullahとともに多数の馬たちの血統に包含されるようになったが、当時の日本では、まだこの血によるスピードの恩恵を受けている馬は意外に少なかったのである。以前に解説したタニノチカラも、BMSに同じティエポロを持ちながら、The Tetrarchはクロスしていなかった。

ロングエースは、たしかに、Fairway(=Pharos)の5×4の単一クロス主導のもとに、バランスのとれた、当時としては流行を先取りし、あか抜けた血統構成の持ち主であったといえる。しかし、全体を検証してみると、Fairway(=Pharos)の系統が、必ずしも多数派ではなく、父内Admiral Drakeにやや世代ずれが見られること、あるいは父内Son-in-Lawや祖母内Tourbillon系などヨーロッパのスタミナの血を完全に生かしきることができなかったことなど、いくつかの不備がある。この点が、同馬の配合の限界であり、4歳秋以降の成長にかげりがみられたことの要因も、このあたりにあったと考えられるだろう。

ロングエースの8項目評価は以下の通り。
 ①=□、②=○、③=○、 ④=□、⑤=○、⑥=□、 ⑦=□、⑧=○
 評価は3B級、距離適性は8~11Fとなる。

以前に解説した、同期のイシノヒカル、タニノチカラとの比較では、スタミナ面も含め、理論上の血統構成は両馬に劣る、というのがI理論から導かれる結論となる。

「3強」の一角タイテエムについては、別の機会に解説する予定だが、もう1頭のランドプリンスは、分析表を掲載しておいたので、簡単に解説しておこう。

この馬は、母系がミラ系ということと、また父もまだそれほど実績がなかったテスコボーイということで、クラシック戦線に突入するまでは、さほど高い評価は得ていなかった。しかし、分析表を見ると、配合は意外にしっかりしており、Solarioを主導に、なかなかシンプルな形態の持ち主であることがわかる。その要因として、母ニューパワーがSt.Simon、Galopinの土台構造を持ち、Nearco-Pharos系を含まないことで、Solario主導のもとに強固な結合形態を保つことができたことがあげられる。

スタミナは、SolarioのほかにBlandford。スピードは、SundridgeがしっかりとSolarioの傘下に収められ、能力形成に役立っている。Princely Gift系テスコボーイの産駒といっても、Nasrullah系はクロスにならず、スタミナの核が備わっているので、父のイメージとは異なる内容を持ち、それが皐月賞を制覇し、ダービーで2着を占めた原動力になったものと考えられる。

ただし、皐月賞馬としては、内容的に物足りないこともたしかで、はっきりいえばクラシック級の血統構成とはいいがたい。

ランドプリンスの8項目評価は以下の通り。
 ①=○、②=□、③=○、④=△、⑤=□、⑥=□、 ⑦=□、⑧=□
 評価は2B級、距離適性は9~11Fとなる。

▸ ランドプリンス分析表

個人的なことになるが、私は、このロングエースが勝ったダービーの年が、競馬を初めて2年目であった。3強の対決を興味深く観戦したし、勝ったロングエースは好きなタイプの馬であった。それはいまも変わらない。ただし、理論上から見た血統構成の評価は前述の通りであった。その位置づけはしっかり認識しておきたい。

さて、ロングエースの同世代には、多くの個性派の馬たちがいたことはすでに述べた通りだが、血統と競走成績の関係から、何かと引き合いに出される馬がいた。その名はナオキ。

父はサウンドトラックで、英国産、戦績は8戦7勝。出走したレースはすべて5F以下。The Boss系のスプリンターとして日本に輸入された。

同馬は、その評判通り、産駒はスプリント、マイラータイプがほとんどで、とくにロングエースの兄、ロングワンの出現によって、血統的なイメージを定着させた。

ナオキの前に、まずロングワンに触れておこう。同馬の血統は、Fairway(=Pharos)の5・5×4の単一クロスを持ち、サウンドトラックの父Whistler(名スプリンター)内Orby、Sundridgeの系列ぐるみの影響が強い。Hurry On、Apelleによってスタミナは確保されるが、これらはいずれも中間断絶で影響力が弱く、明らかにスピード優位であることがわかる。

先に解説したロングエースの母ウインジェスト内のクロス馬と比較しても、Polymelus、The Tetrarch、Bachelor’s Double、Rabelais、Teddyがクロスになれず、スタミナ勢力が弱化していることが確認できる。つまり、ロングワンは、父サウンドトラックのイメージ通りのスプリント、マイラーであることが、分析表からも十分に確認でき、戦績もそれを実証するように、阪神3歳S(1600m)、マイラーズC(1600m)、函館3歳S(1200m)というように、勝ったレースは短距離に集中していた(36戦11勝)。

▸ ロングワン分析表

ロングワンの8項目評価は以下の通り。
 ①=□、②=○、③=○、④=□、⑤=□、⑥=○、 ⑦=□、⑧=□
 評価は3B級で、距離適性は6~9Fになる。

弟のロングエースよりもスタミナ面では劣るが、スピードという個性を備え、それがこの配合の大きなポイントになっている。

これに対し、同じサウンドトラック産駒であるナオキの分析表を見ていただきたい。主導はヒンドスタン内のSolario、ついで影響力が強いのがSon-in-Law、Hurry Onで、これらはいずれもスタミナ勢力として能力形成に参加している。

スピードは、Fair Trial内Fairway、そしてPanorama内Sundridge。影響度数字だけでいえば、スプリンターである父の父Whistlerが強いが、その中でSolario、Dark Ronaldがクロスし、影響度数字に加算されていることからも、スピード優位とはいえず、母のアシスタントなどを考慮すれば、むしろスタミナ優位で、晩成傾向を示す構造になっている。

ナオキの8項目評価は、
 ①=○、②=□、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、 ⑦=○、⑧=○
 となり、評価は1A級、距離適性は8~12F。

スプリンターのサウンドトラックをして、ここまでスタミナにめぐまれた形態の産駒を出すとは、これぞまさしく配合の妙というべきで、その内容もかなり優秀なものである。競走成績は30戦13勝。3歳時は0勝、4歳時に6戦4勝、5歳で中京記念(2000m)、天皇賞4着など10戦4勝、6歳時に金杯(2000m)を含む3戦1勝、そして7歳で宝塚記念(2200m)、鳴尾記念(2400m、レコード)など9戦4勝。年を追うごとに成績が安定し、分析評価から読み取れる能力が徐々に開花していく様子が実績にも現れていた。3200mの天皇賞で4着にくい込んだのも、決してフロックではないはず。

このナオキについては、血統通を自称するある著名なタレントの言動を思い出す。天皇賞でナオキに印をつけた予想家に対し、「サウンドトラック産駒に天皇賞で印をつけるとは認識不足」と切り捨て、さらに「3200mの距離のレースにこの馬を出走させること自体、非常識」と、関係者を非難したのである。そして、ナオキが7歳で2000m以上の距離のレースを制したことに対しては、「馬は年齢がゆくと、ズブさが出てきて、距離延長に対する融通性が出てくる」などと、わかったようなわからないような、へりくつを並べていた。

こうしたこともあって、以後、血統と距離的な問題になると、必ずといっていいほど引き合いに出されるようになったのがこのナオキなのである。

いうまでもなく、ナオキの天皇賞での好走や、晩成型の実績は、そうした根拠のない「常識」で説明されるべきでない。I理論で検証すれば、まさにナオキは、その血統的素質を開花させることによって、その真価を発揮したにほかならないのだから。

▸ ナオキ分析表

 

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