久米裕選定 日本の百名馬

メイズイ

父:ゲイタイム 母:チルウインド 母の父:Wyndham
1960年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:皐月賞、日本ダービー

▸ 分析表

第1回日本ダービーは、昭和7年(1932年)に行われ、優勝馬はワカタカ(父トウルヌソル)で、勝ち時計は2分45秒2。以来、勝ち時計は更新されてゆき、昭和18年のクリフジ(牝、父トウルヌソル)のそれが2分31秒4。2着のキングゼア(父レヴューオーダー)との着差は6馬身だった。

そして、戦後の昭和26年、トキノミノルが、クリフジのレコードを更新して2分31秒1。以後、昭和36年にハクショウが2分30秒2のレコードを記録するが、日本ダービーでは、2分30秒台というのが、時計的に一つの壁となり、それを破るのはいつ、どの馬なのか、ということが、競馬関係者やファンの興味の対象になった。

そうした流れの中で登場したのが、昭和38年、4歳の正月にデビューしたメイズイである。この世代のクラシック戦線では、同じ尾形厩舎のグレートヨルカが3歳の朝日杯を制し、連戦街道を突き進んでいた。かたや、メイズイのほうも、デビュー以来、レコードを含む3連勝という快進撃を続けていた。

両者は、東京記念(1,600m、現在の弥生賞に相当)で、初めて対戦する。結果は、逃げを武器とするメイズイが、スタートで出遅れ、グレートヨルカに1馬身3/4の差をつけられて、2着に敗れた。

しかし、続く皐月賞の前哨戦のスプリングSは、重馬場を逃げきり、グレートヨルカに4馬身差をつけてメイズイが勝ち、雪辱を果たす。そして、本番の皐月賞を迎えたが、ストライキによって開催が延期され、場所も中山から東京競馬場に変更された。そのために、メイズイの逃げという脚質から、1番人気にはグレートヨルカが支持され、メイズイは2番人気。しかし、そうした劣勢をものともせず、メイズイはグレートヨルカの追い込みを抑えて、2馬身の差をつけて逃げきり勝ちをおさめた。

そして、いよいよダービー。2頭の傑出した強さのために、「M・Gダービー」とか「銀行ダービー」と評され、競馬ファンの間では、勝ち負けよりも、勝者がどんなタイムを記録するかに、より注目が集まった。当日は良馬場。それまでのダービーは、30頭以上の出走馬で行われていたが、この2頭の強さから、出走予定の3頭が取り消し、結局18頭となった。当時としては、非常に少頭数のダービーとなった。また、この年から8枠制が採用され(それまでは6枠制)、メイズイは2枠4番を引き当て、逃げ馬として絶好の位置を確保した。

スタートが切られると、予想通りメイズイが好発進して先頭にたち、11~12秒台のラップをきざむ。対するグレートヨルカは中団を進む。目標をメイズイ1頭に絞っているグレートヨルカは、4角で予定通り2番手に進出。しかし、メイズイも手応え十分で、直線でさらに脚を伸ばし、独走態勢に入る。そして、メイズイは、2着のグレートヨルカに7馬身の差をつけて圧勝した。その勝ち時計は、それまでのハクショウの2分30秒2のレコードを大幅に短縮して、2分28秒7であった。この記録は、以後9年間、昭和47年にロングエースが2分28秒6を記録するまで、破られることはなかった。そして、他馬のペースとは関係なく、自身の逃げによるレース展開での記録だけに、価値の高い時計であった。

《競走成績》
4~6歳時(旧表記)に、22戦15勝。主な勝ち鞍は、皐月賞(芝2000m)、日本ダービー(芝2400m)、スプリングS(芝1800m)、クモハタ記念(芝1800m)、スワンS(芝1800m)。2着は―有馬記念(芝2500m)、天皇賞(芝3200m)など。

《種牡馬成績》
マスオカ、コウセキなどの勝ち馬はいたが、これといったステークスウィナーを出すことできず、メイズイに期待されたスピードの伝導を果たせなかった。

父ゲイタイムは英国産で、3~5歳時に17戦6勝。ダービーは2着(1着Tulyar)、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSも2着(1着Tulyar)の実績を持つ。エリザベス女王の持ち馬として有名で、昭和28年に、久々の輸入種牡馬として、期待されて日本に導入された。その期待に応えて、ゲイタイムは、メイズイの他にも、ダービー馬のフェアーウィンや、タイヨウ(宝塚記念)、ハクセンショウ(中日新聞杯、福島記念、新潟記念)、カネチカラ(ダイヤモンドS、金杯)、タジマ(牝馬東タイ杯)、メイタイ(スプリングS、メイズイの全兄)、カツラエース(金杯)、ナスノミドリ(中山記念)など、多くのステークス・ウィナーを輩出した。

▸ ゲイタイム分析表

ゲイタイムの血統は、Gainsboroughの3×4を持つが、これは中間断絶のため、Chaucerの4×5の系列ぐるみのクロスが、全体をリードしている。そして、St.Simon、Galopinが中心となって、母内Colorado、Solario、Orbyの持つスピード・スタミナを傘下におさめることに成功し、なかなかしっかりした血統構成を維持している。とくに、スタミナの核がしっかりと根付いたことは、ゲイタイムの長所と見て間違いない。

しかし、この配合では、スタミナに比して、スピードの要素が弱くなっている。とくに母内のPolymelus、Sundridge、Ormeといった血がクロスになれず、有効に生かすことができなかったことが、能力の限界を招いている。そこが、ダービーやキングジョージで、あとひと息勝ちきれなかった要因と考えてよいだろう。

ゲイタイムの血統構成を、8項目で評価すれば、以下のようになる。
 ①=○、②=□、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

母チルウインドは英国産で、11回の入着成績はもつものの、勝ち鞍はない。しかし、血統上は、St.FrusquinやDesmondの系列ぐるみのクロスを主導とし、土台のしっかりした血統構成の持ち主で、決して悪い馬ではないことが容易に読み取れる。この馬は、日本軽種馬協会が、昭和29年に、英国から一括購入した19頭のうちの1頭。横浜の検疫所で展示され、馬主の希望で、抽選によって配布されたという。鼻水をたらし、前脚が内向していたことから、後のメイズイの生産者になる千明牧場は、この馬だけは引き当てないようにと願った、というエピソードも残っている。しかし、結果的には、この牝馬を引き当てたことが、メイズイを生み、後のシービークインやミスターシービーの誕生に結びつくのだから、何とも不思議な縁といえる。

▸ チルウインド分析表

当時の日本の競馬界には、プリメロに代表されるBlandfordと、トウルヌソルに代表されるGainsboroughの系統が、繁殖牝馬の中に浸透していた。そして、種牡馬にも、当然これらの血が前面に配されており、ランダムな交配を行えば、必然的に近親度の強い形態に陥りやすい状況にあった。そうした中にあって、ゲイタイムは、Blandford系を含まないということが、特徴の一つ。また、繁殖牝馬の中に、スピード要素が乏しく、現代の主流であるPharosやPhalarisという血も意外に不足していた。しかし、チルウインドには、OrbyやPharos-Phalaris、そしてPolymelusといった血が、ちょうどよい世代に配されていたことは、注目に値する。

そうした背景から、メイズイの5代以内に派生しているクロス馬を検証してみると、Gainsboroughの4・5×6、Orbyの5×5が、まず確認できる。両者はともに中間断絶のクロスで、全体をリードする主導勢力としては、影響力が弱い。それよりも、Phalarisの5×6が、6代目でPolymelusを伴い系列ぐるみを形成し、強い影響力を示しているので、メイズイの主導は、このPhalarisの系統と推測できる。PhalarisとGainsboroughは、HamptonとSt.Simonを共有し、結合を果たしている。また、Orbyとは、Bend Or、Angelica (=St.Simon)で結合していることがわかる。その他、6代以内で影響力を示しているChaucerも、St.Simonで一体となり、主導のPhalarisは、自身やOrbyのスピードにGainsboroughのスタミナを加え、スピード・スタミナ兼備のPhalarisへと、能力変換を遂げているのである。

そして、メイズイの血統でとくに強調すべきことは、当時日本には不足していたスピード要素を、PhalarisとOrbyによって、能力形成に参加させたことである。これが、ダービー史上で初めて、2分30秒の壁を破った華麗なるスピードの血統的要因だったのである。

メイズイの血統構成を、8項目に照らすと、以下のようになる。
 ①=□、②=○、③=◎、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=8~11F

メイズイは、ダービーを圧勝した後、秋には三冠最後の菊花賞に挑戦したが、残念ながらライバルのグレートヨルカに、6馬身差と思わぬ惨敗を喫して、セントライト以来2頭目の三冠馬になる夢は消えてしまった。この敗因については、11秒台のハイペースで飛ばした展開や、騎手の重圧、あるいはローテーションなど、さまざまな要因がとりざたされた。しかし、決定的な敗因については、誰もこれと結論づけることはできなかったと言われる。

メイズイは、確かにダービーを逃げきりで制し、2,400mという距離は克服している。しかし、これは4歳春時点のことで、他馬を含めて、まだ血統能力が全開している時期ではない。

また、血統構成を見ても、Gainsboroughのクロスは持つものの、BayardoやBay Ronaldのクロスはなく、長距離馬と判定するには、スタミナ勢力が弱く、スピード優位の形態であることが読み取れる。前述の検証から、結合状態のしっかりした優秀な配合馬であることは確かで、展開や相手関係次第では、3,000mでも好走は可能という推測はできる。しかし、本質的には、2,000m前後の距離に適性を持つ中距離馬の血統構成と見るべきだろう。つまり、菊花賞の敗因は、血統内にスタミナが不足していたためというのが、I理論(IK理論)から見た結論である。祖母内のHurry Onでも加わっていれば、結果は違っていたかもしれないが…。

同期のライバルであり、メイズイの三冠を阻止して菊花賞馬になったグレートヨルカの血統についても、簡単に触れておこう。同馬の戦績は、34戦11勝。現在のGⅠに相当するレースは、朝日杯3歳Sと菊花賞の2つを制している。しかし、古馬となってからは、天皇賞の3着はあるものの、4歳時の実績からすれば、いささか物足りない成績で終わっている。

▸ グレートヨルカ分析表

父ヒカルメイジは、持ち込み馬のダービー馬で、ヒンドスタンと同じBois Rousselの直仔。構成されている血は、Spearmintをはじめ、Son-in-Lawなど、スタミナ要素が強い。産駒は、グレートヨルカ以外でも、アサホコ(天皇賞)など、長距離に実績を持つ馬が多かった。グレートヨルカも、Spearmintをはじめ、St.Simon、Marcoと、確かにスタミナ要素が強い。

しかし、この馬は、母クヰーンスジェストがNearcoの直仔という、当時としては質の高い繁殖牝馬で、祖母内もスタミナのHurry Onに、スピードのPolymelus、Sundridgeを持つなど、時代の先をゆく血で構成されていたことが、他馬と異なる要素であった。

主導は、メイズイと同じPhalarisの5×4の系列ぐるみで、スピードのSundridgeも加わり、これが朝日杯制覇の鍵を握った血と考えられる。しかし、メイズイとの差は、Spearmintをはじめ、祖母内でもNearcoやSainfoinを通じて、Hurry Onのスタミナが注入された点。3,000mの距離では、このスタミナの差が現れたものと考えられる。

同馬の8項目評価は以下の通り。
 ①=○、②=△、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=8~12F

全体としては、決してバランスがよいわけではなく、血統構成上の格としては、明らかにメイズイのほうが上。そのかわり、スタミナ面で、メイズイには欠けていたHurry Onが、グレートヨルカ内では生きており、それが菊花賞制覇の一つの要因となったのだから、何とも不思議なものである。

ダービーで2分30秒の壁を破り、近代競馬に求められるスピードという要素を持ち合わせた馬として、種牡馬入りを果たしたメイズイ。当然のことながら、期待は高く、初年度には、51頭の繁殖牝馬と交配された。しかし、初年度産駒のデビューは、わずかに3頭で、そのうちコウセキが1勝しただけ。その後も、勝ち上がり馬は出すものの、オープンクラスへと出世する馬はいなかった。

その理由としては、昭和30年代から、日本の種牡馬は、ライジングフレームやヒンドスタンに代表される輸入種牡馬が、サイアーランキングの上位を形成するようになっていたこと。そのため、新しい血を持つ期待される繁殖牝馬たちが、それら輸入種牡馬を中心に交配され、メイズイはBlandfordやGainsboroughの血を近い世代に持つ、古い繁殖が多く交配された。その結果、せっかくのPharosやPhalarisといった血が生かされず、そのスピードは半減し、産駒は近親度が強く、バランスの悪い血統構成馬が多くなった。それが、メイズイが不振を極めた最大の要因と考えられる。まことに残念なことであった。

参考までに、勝ち上がったコウセキの分析表を掲載しておくので、メイズイ自身と比較していただきたい。Orbyのクロスはあるものの、Pharos-Phalaris、そしてGainsboroughのクロスはなく、明らかに条件馬の血統構成ということが読み取れるはず。

▸ コウセキ分析表

このように、種牡馬としては不運なメイズイではあったが、血を残すという意味では、メイズイの全姉のメイワが、その不運を乗り越えるだけの功績を残したことは、とても喜ばしいことである。それは、先述したミスターシービーの出現。以前の会報でも解説したことがあるが、ミスターシービーは、セントライト、シンザンに続く、日本では3頭目の三冠馬であることは周知の通り。その曾祖母メイワこそが、メイズイの全姉であり、こうして牝系の中に、メイズイと同じ血が残ったのである。

そして、この中で、メイズイ自身では生きていなかったHurry On、あるいはBachelor’s Doubleといったスタミナの血がクロスし、ミスターシービーの能力形成に寄与している。すなわち、メイズイ自身が成し得なかった菊花賞制覇、そして三冠達成のために、重要な血としての役割を果たしたのである。これも、一つの隠された血のドラマといえるだろう。

 

 

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