久米裕選定 日本の百名馬

メジロデュレン

父:フィディオン 母:メジロオーロラ 母の父:リマンド
1983年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:G1菊花賞、有馬記念

▸ 分析表

《競走成績》
3~6歳時に21戦6勝。主な勝ち鞍は、菊花賞(GI・芝3000m)、有馬記念(GI芝2500m)。3着──天皇賞春(GI・芝3200m、1着タマモクロス)など。

《種牡馬成績》
1990年から供用されたが、中央ではこれといった活躍馬の産駒はいない。

父フィディオンは1972年フランス産。1976年に日本に輸入。

競走成績は8戦2勝。GI勝ちはなく、ボワルセル賞を勝った程度だが、その父Deakaoは、Ribotの血を含むTeddy系の血統馬として、パリ大賞典2着、仏ダービー3着など、長距離実績を残している。そのため、フィディオンは、BMSが当時注目されていたSicambreであったことなど、スタミナ系で、底力のある血を背後に持つ中長距離系の種牡馬として期待されていた。

そうした傾向を持っていたので、産駒も、長距離路線に重点を置くメジロ牧場を中心に活躍馬が出ており、デュレンの他に、メジロトーマス(京都記念・芝2400m、天皇賞春2着、宝塚記念2着)や、メジロボアール(阪神大賞典・芝3000m、有馬記念4着)などがいる。血統のイメージ通り、地味ながら、距離が伸びてしぶといレースをする馬たちであった。

母メジロオーロラからは、菊花賞、天皇賞春を連覇したメジロマックイーンが出ている。兄デュレンは、その弟マックイーンの実績や人気の影に隠れがちだが、血統構成自体は、弟に負けず劣らず、なかなかシャレており、ヨーロッパのオールドスタイルの内容を持っていた。

まず主導は、位置と系列ぐるみの関係から、Hyperion。次いで、Bois Rousselの父Vatoutの6×5(中間断絶)とTanerkoの母系、およびChanteurの母でもあるLa Divaの5×6(中間断絶)。いずれもフランス系の特殊な血だが、両者はSans Souci、Canterbury Pilgrimなどを共有してつながり、主導のHyperionともChaucer、Canterbury Pilgrim、St.Simonを通じて直結し、スタミナのアシスト役を果たしている。とくに、ここで注目したい点は、La Diva内に、Blandfordを始め、Sans Souci、Alcantara-Perth、Tredennisといったスタミナタイプの血が収まり、La Divaがクロスしたことで、主導と連動態勢が整ったことである。このことは、デュレンのスタミナを形成する上で、見逃せない点である。

つぎにスピードだが、これはFairway、Tetratemaが6代目でクロスし、Palestineやセフトのスピードを加えることに成功している。といっても、比率としてはスタミナとスピードは7:3ないしは8:2ともいえるほどで、明らかにスタミナ優位。スピード勢力がやや弱く、一流馬としてはやや不満が残るところ。しかし、近年の菊花賞馬の中では、もっともステイヤータイプの配合馬といっても過言ではないだろう(昨年のような高速馬場の菊花賞に参戦していたら、おそらく掲示板にも載れなかったはず)。

メジロデュレンの8項目評価は以下の通り。
  1=○、 2=○、 3=○、 4=○、 5=○、 6=□、 7=○、 8=□、(日本適性=△)
 評価=1A級、距離適性=10~16F

同じ母を持つメジロマックイーンとの大きな差は、スピードの血の生かしかたにある(上記の 8が□なのもそのため)。両者の分析表を比較すると、母内ではTetratemaは同じ位置(世代)にあるが、父内では、デュレンのほうが7代なのに対し、マックイーンのほうはメジロティターンのスピード源として、Tetratemaは6代でクロスしている。つぎに、それに続く母内Lady Josephine-Sundridge、さらにMan o’ Warなど、メジロオーロラ内の細部を検討しても、スピードの再現力では、マックイーンのほうが明らかに上と判断できる。

スタミナはほぼ互角だったが、スピードの違いがレース対応能力にも反映して、マックイーンはどんなレースでも常に上位争いに加わることができた。それに対し、デュレンのほうは、力を要する混戦ではしぶとさを見せても、スピードレースでは惨敗するといった、不安定なレースぶりであった。

メジロデュレンは、前々回に紹介したニッポーテイオーとは同期になる。ちなみに、この世代のダービー馬はダイナガリバー(父ノーザンテースト)で、同馬は菊花賞は2着。この昭和61年(1986年)頃の種牡馬ランキングを見ると、ちょうどヨーロッパタイプ全盛の時代から、Northern Dancer系などアメリカタイプの種牡馬が勢力を広げつつある時代であったことがわかる。同時に、競馬全体がスピード化傾向を強めていく過渡期でもあった。

《種牡馬ランキング》(昭和61年)
  1 ノーザンテースト(Northern Dancer系)
  2 リイフォー(Lyphard系)
  3 アローエクスプレス
  4 トウショウボーイ
  5 パーソロン
  6 マルゼンスキー(Nijinsky系)
  7 ブレイヴェストローマン
  8 モガミ(Lyphard系)
 10 ラッキーソブリン(Nijinsky系)

ヨーロッパ系でも、かつてのヒンドスタン、チャイナロックに代わり、アロー、トウショウボーイなどスピード系が上位に名を連ねてきている。そして、Lyphard、Nijinskyを含めてNorthern Dancer系の血が急激に勢力を拡大してきていることがわかる。

メジロデュレンの翌年に菊花賞を制したのが、前回紹介したサクラスターオーだが、同馬はスピードのNasrullahを主導としながら、Hornbeamのスタミナを併せ持つ、現代は主流の配合形態を持っていた。つまり、この馬の出現を境に、菊花賞馬の血統構成が変わっていった。ということは、それまでに日本に根付き、活躍してきた「ヨーロッパタイプのステイヤー配合」と位置づけされる最後の菊花賞馬──それがメジロデュレンだったのである。

デュレンは、菊花賞制覇の後、5~6歳時には11戦して1勝。その唯一の勝ち鞍が5歳時の有馬記念であった。このときの1番人気はサクラスターオー、以下ダイナアクトレス(父ノーザンテースト)、ダービー馬メリーナイス(父コリムスキー)、桜花賞・オークス馬マックスビューティ(父ブレイヴェストローマン)、前年の有馬記念馬ダイナガリバーと続いた。デュレンは、前走での惨敗もあり、16頭立ての9番人気。

レースは5歳の逃げ馬レジェンドテイオーのペースでややスローな流れになった。デュレンは内ラチ沿いに、ほぼ最後方の位置を進んでいた。ところが、このレースは、スタート直後にメリーナイスが落馬、そして最後の3~4コーナー間で本命のサクラスターオーも故障を発生して競走中止。有力馬のリタイアで場内が騒然とした中、最後の直線で差し脚を決めたのがメジロデュレンであった。2着にも人気薄のユーワジェームスが入り、枠連の配当は万馬券(16,300円)、結果的に大荒れの有馬記念となった。

その後、6歳になったデュレンは7戦して0勝。長距離馬としての片鱗は見せるものの、天皇賞春もタマモクロスの3着に終わっている。しかし、デュレンの血統構成に照らせば、馬場の高速化、レースのスピード化が進む中で、それらへの対応での不利は否めず、むしろ善戦していたという見かたのほうが正しいだろう。そして、その血統構成も、ヨーロッパスタイルのステイヤーとして、配合の手本となる内容を持っていたという事実を付け加えておきたい。

 

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