久米裕選定 日本の百名馬

ナリタタイシン

父:リヴリア 母:タイシンリリイ 母の父:ラディガ
1990年生/牡/IK評価:3A級
主な勝ち鞍:G1皐月賞、G2目黒記念

▸ 分析表

ビワハヤヒデ、ウイニングチケットとともに「3強」の一角を形成し、93年4歳クラシック戦線を盛り上げたナリタタイシン。結局、GI戦で勝ったのは皐月賞のみで、ライバル2頭と比較すると、やや地味な存在に終わった。しかし、その小柄な馬体からくりだす鋭い差し脚、皐月賞で見せたレース振りはじつに鮮やかであり、競走馬の能力は馬体の大きさによるものではないことを、強く印象づけてくれた馬であった。

さらに、この馬にはもう一つ注目すべき点があった。それは、能力の裏づけとなる血統構成の形態と、その内容にある。それまでの日本馬は、ヨーロッパの血を主体にした馬たちが上位陣を占めていたのだが、この馬は、その中にアメリカの血をうまく取り込み、スピード・スタミナを形づくるという構造を示してくれたのである。タイシンの皐月賞制覇から6年が経過し、外国産馬も増えきて、いまでこそこういう形態がごく当たり前と思われるようになったが、当時としては、画期的なできごとであった。まだご存命であった五十嵐先生をして、「日本の馬も変わってきた」といわしめたほどのことなのである。そうした意味で、日本の競走馬の血統の歴史に足跡を残したナリタタイシンの血統構成を、もう一度振り返ってポイントを整理してみたい。

《競走成績》
3~6歳時に15戦4勝。主な勝ち鞍は皐月賞(GI・芝2000m)、目黒記念(GⅡ・芝2500m)、ラジオたんぱ杯3歳S(GⅢ・芝2000m)。2着──天皇賞・春(GI・芝3200m、1着=ビワハヤヒデ)、3着──日本ダービー(GI・芝2400m、1着=ウイニングチケット)。

《種牡馬成績》
1996年供用開始。1997年初年度産駒デビュー予定。

父リヴリアは、1982年アメリカ産で、競走成績は41戦9勝。主な勝ち鞍は、ハリウッド招待H(GI・芝12F)、カールトンFバーグH(GI、芝10F)、サンルイスレイS(GI、芝12F)など、主に中長距離に実績を残した。その父Rivermanは、前回の会報のオリオンザサンクスの原稿のなかで紹介したように、仏2000ギニー(芝1600m)を制した一流のスピード馬。そのスピードの根拠は、The Tetrarchはもとより、Black Toney、Teddyによって、BimelechとRomanのスピードを結びつけたところにある。

そして、Nearco系、Blandford系の血はまったくクロスになっていないことも大きな特徴。種牡馬としては、産駒のなかでこれらの血がクロスしたときには、自身の能力とは別の能力が付加される可能性を秘めているといえる。つまり、マイラー型よりも、長距離馬を輩出する要素を秘めている。そのことは、Gold RiverとDetroitという2頭の凱旋門賞馬を出したことで証明された。

リヴリアの母Dahlia(ダハールの母)は、キングジョージ2連覇を含めGIを11勝し名牝で、HyperionとSon-in-Lawの系列ぐるみを主導とした、ヨーロッパ系主体のスタミナ優位の血統構成の持ち主。したがって、アメリカタイプのスピード馬であるRivermanとは、必ずしも傾向が合っているとはいえない。すなわち、Dahliaのスタミナが生きても、Rivermanのスピードは半減することになり、それがリヴリアの欠点となって、真の意味での一流馬になりきれなかった要因と考えられる。

ナリタタイシンの母タイシンリリィは、このシリーズでも紹介したアズマハンターとの間に、牝馬ユーセイフェアリー(阪神牝馬特別=GⅢ、芝2000m)を出しており、構成される血もラディガ(スタミナ)、サミーディヴィス、Abernant(スピード)などで、スピード・スタミナのバランスがたいへんすぐれている。これらの血は、日本で流行したパーソロン、テスコボーイ、ノーザンテーストといった血と比較すればメジャーではないが、I理論では以前から、質の高いスピード・スタミナ源として、流行の血以上に高い評価をしていた。

それだけに、ユーセイフェアリーの出現と同時に、繁殖牝馬としてのタイシンリリィの優秀性にも着目していた。とくにラディガに含まれている血はGraustark、Swaps、Romanといった具合に、まさに現代の主流になっている血である。しかし、種牡馬としてラディガが輸入された1973年当時は、これらの血に対応できる日本の繁殖牝馬が少なく、ケイキロク(オークス)、バンパサー(クイーンS)、ラウンドボウル(東京スポーツ杯)、ハヤブサオーカン(吾妻小富士オープン)、そして公営のハツマモル(帝王賞)などを出したものの、いま一つ注目度が低く、地味な存在であった。その意味では、ラディガの血が、日本で本当の意味で花開いたのは、BMSとなって参加したナリタタイシンの血統構成の中であったといえるだろう。

余談だが、I理論を勉強し始めた当初、五十嵐先生が、なぜそれほどまでににラディガを高評価するのか、疑問に思った時期があった。しかし、ナリタタイシンの血統構成を目の当たりにして、ようやくその真意を理解することができた。

そういう父リヴリアと母タイシンリリィの間に生まれたのがナリタタイシンである。まず、父母間の血の位置関係、および系列ぐるみのクロスであることから、主導はAlibhai、Romanであることがわかる。ついで影響が強いのがNearco。

まず、Alibhaiだが、この馬はレースには不出走だったが、タイシンの血統構成のなかでは、この血が非常に重要な役割を果たしている。父リヴリア内では、AlibhaiのHyperionを通じて、Vaguely Noble、Honey’s Alibiなど、母Dahliaのスタミナを供給。

母方では、同じくHyperionを通じて、Graustarkのスタミナ、Swaps、Abernantのスピード、さらにかくし味的にGainsboroughを通じてサミーディヴィスのスピードを加えている。そのことから、Alibhaiは、質の高いスタミナおよびスピードを兼備したAlibhaiへと、能力変換を遂げているのである。

つぎにRomanは、Rivermanの持つスピードを忠実に再現し、Alibhaiとは、St.Simon、Bay Ronaldを通じて結合を果たしている。さらにこの両者は、AlibhaiがTracery-Rock Sandを通じてPrincequilloと結合してスタミナを、Man o’WarとはRock Sandで結合してスピードを供給している。RomanはまたAjax、SpeamintでNearcoと結合し、SundridgeでMumtaz Mahalと結合することで、さらにスピードを強化することに成功している。

その上、Commando、Sweepを含んでいる事から、本来なら結合しにくいアメリカ系の血も傘下に収めることができた。これによって、リヴリア自身がかかえていた欠点は、産駒ナリタタイシンのなかではみごとに補正され、細かい網の目のような結合・連動態勢ができあがったのである。この強固な結合力こそが、同馬の強さの秘密だったということができる。

タイシンの血統評価は、8項目に照らせば以下のようになる。
 ①=◎、②=◎、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=□(71)、⑦=◎、⑧=◎
 評価は3A級  芝9~15F。

⑥のクロスの種類が71と、一見すると多いが、タイシン内に派生しているクロスがほとんどが系列ぐるみであり、なおかつ9代までさかのぼるまでもなく、8代までにほぼ結合が完結していることを考慮すれば、実質的には40台後半程度と見ていい。したがって大きなマイナス要因とはならず、能力形成への影響も少ないと判断できるため、□とした。 

当初この馬にくだした評価コメントでは、「もしこの馬の素質が全開すれば、追い込み馬ではなく、好位抜け出しの走りを見せても不思議はない」と表現した。それは、タイシンのクロスの内容、状態を考慮した結果であり、Vaguely NobleやGraustarkのスタミナが全開するまでには、そうとうな鍛練が必要なため、時間を要するタイプと推測したのである。

現代では、アメリカとヨーロッパの血を結びつける役割を担う血、あるいはそういう血を多く含んだ種牡馬が主流となってきている。その代表が、サンデーサイレンスであり、ブライアンズタイムということになる。具体的に含まれている血でいえば、Hail to Reason、そしてAlmahmoud(サンデー産駒では多くの場合主導になる)。ことしの活躍馬でいえば、プリモディーネに代表されるTom Fool。

すでに述べたように、タイシンのなかの父Rivermanを構成している血や、主導のAlibhai、Romanも、そうした役割の血であった。つまり、別な見かたをすれば、タイシンの血統構成内の血の結合や配置をじっくりと検討し、考察すれば、当時でも、現代のそれと通ずる将来的な血の広がりを予測することも可能だったといえる。最初に「意義のある血統構成」と表現した理由は、まさにそこにあるのである。

参考までに、ナリタタイシンの交配が実行された1989年の種牡馬ランキングのベストテンは下記の通りである。
  1.ノーザンテースト
  2.ミルジョージ
  3.モガミ
  4.トウショウボーイ
  5.ブレイヴェストローマン
  6.リアルシャダイ
  7.マルゼンスキー
  8.ラッキーソブリン
  9.ディクタス
  10.ノーザンディクテイター

こうして見ると、Northern Dancerの血を含む種牡馬が5頭。Hail to Reasonを含むRobertoを父とするリアルシャダイなど、一見するとアメリカタイプの血を含む種牡馬が、この時代に台頭していることがわかる。しかし、配合内容としては、母方がヨーロッパ色の強い血統構成馬が主流で、ナリタイシンぼど高度な配合馬は、まだ現れていなかったことを付け加えておきたい。

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