久米裕選定 日本の百名馬

タニノチカラ

父:ブランブルー 母:タニノチェリ 母の父:ティエポロ
1969年生/牡/IK評価:2A級
主な勝ち鞍:天皇賞・秋、有馬記念

▸ 分析表

皐月賞・ダービーと続く春の4歳クラシック戦線で活躍をした馬たちは、すでにその段階でスポットライトを浴びて、古馬になってからも注目され、人気を集める。しかし、晩成型で、なおかつ父がマイナーな種牡馬であったりした場合には、地味な存在のまま競走生活を終えてしまうケースも少なくない。以前に紹介したメジロデュレンなども、そうした晩成型の馬の中にあって、菊花賞を制し、4歳秋以降に本格化した馬だが、今回のタニノチカラは、それ以上の晩成タイプ。3歳秋から5歳夏まで、骨折で1年8カ月休養し、5歳の秋以降にその素質を全開した馬なのである。

《競走成績》
3~6歳時に24戦13勝。主な勝ち鞍は、天皇賞・秋(芝3200m)、有馬記念(芝2500m)、京都記念(芝2400m)、京都大賞典(芝2400m)、朝日チャレンジカップ(芝2000m)、ハリウッドターフクラブ賞(芝2400m)。

《種牡馬成績》
  代表産駒──ハッピーブルー(北海道営・青雲賞)などがいるが、中央ではこれといった活躍馬は出していない。

父ブランブルーは、1959年フランス産で、1967年に輸入。競走成績は15戦4勝(プランタン大賞)。日本での産駒には、タニノチカラの他に、グリーンファイト(阪神牝馬特別、京都牝馬特別)、センターグッド(阪急杯)、南関東三冠馬のハツシバオーの母ハツイチコなどがいる。ブランブルーの父Klaironは、仏2000ギニーなど6勝をあげたスピード馬で、現代では、Irish River、サティンゴやLuthierなどに含まれ、フランスのスピードとスタミナの伝え手として役割を果たしている。また、母のSans Taresは、ブランブルーの他に、Worden (ワシントンDCインターナショナル、ディクタスのBMS)を出している。そのことから、ブランブルーは、父方からスピードを、そして母方からスタミナを補給できる種牡馬、という見かたが一般的であった。

タニノチカラの母タニノチェリは、昭和45年の皐月賞・ダービーの二冠を制したタニノムーティエの母として有名。ついでこのタニノチカラを出したことで、一躍名牝の仲間入りを果たした。そして、ウインジェスト(ダービー馬ロングエース、ロングワン、ロングファストの母)の実績とともに、種牡馬としては不振であったイタリア産のティエポロの名を、BMSとして価値を高める役割を果たしたのである。

タニノチカラは、タニノチェリの3番仔に当たり、同期には、ロングエース、タイテエム、ランドプリンス、イシノヒカル、ハクホウショウなどがいて、当時としてはかなりレベルの高い世代であった。イシノヒカルが4歳で有馬記念を制したことは、その裏づけといえる。

タニノチカラの分析表からわかることは、まず、主導勢力はSolarioの4×5の系列ぐるみで、父の母方Sindを強調した血統構成であるということ。次いで、Phalarisの系列ぐるみによって、Fairwayのスピードを注入している。この両者は、Sainfoin、Hampton、St.Simon、Bend Orをほぼ同じ位置で共有しているので、結合はスムーズに行われている。その他、前面でクロスしているSwynford、Ajax、Marco、Chaucerなども、すべて主導のSolarioの系列ぐるみと、直接結合を果たしている。細かいところでは、War DanceやChouberskiなども、それぞれGalopin、Rosicrucian=Speculum を通じて主導との連動態勢を整えており、じつに強固な結合状態を示している。

そして、影響度バランスも⑥⑬④⑤とよくまとまっている。Pharosを主導役として優秀な配合形態を持っていた兄タニノムーティエとは、まったく別の傾向を示しているものの、じつにすばらしい血統構成の持ち主であったことがわかる。

クロス馬チェックの8項目に照らせば、
①=◎、②=○、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=○、⑦=○、⑧=○となり、評価は2A級、距離適性は9~16Fと、判断できる。

しいて欠点をあげれば、The Tetrarch、Sundridgeのクロスがなく、スピード勢力がやや弱いといえるかもしれないが、クロス馬の種類の少なさ、結合の強固さから、その不備も十分に補うことができたと考えられる。

主導のSolarioは、1922年英国生まれで12戦6勝。セントレジャー(芝14F132yds)、アスコット金杯(芝20F)などを制した奥手の長距離馬であった。種牡馬実績としても、Dastur(愛ダービー)、Mid-day Sun(英ダービー)などを出しており、4歳以上の産駒が勝ったレースの距離は、過半数が10Fを超えていた。日本では、ヒンドスタンやインディアナの母方に含まれる血として馴染みがあり、スタミナを伝える役割を果たしている。しかし、日本には、Solario主導の上級馬は意外に少ない。ただし、シンザンの場合には、Solarioの父Gainsboroughと母Sun Worshipを同時にクロスし、強い影響力を示しているので、Solarioを生かした配合ということができるだろう。

タニノチカラは、こうした血統構成の特徴を反映したかのように、5歳の夏に休養明けで馬場に戻ってきたときには、まだ1勝馬で、最下級条件にいた。しかし、復帰からいきなり3連勝してトントン拍子で出世し、なんと秋の天皇賞(3200m)まで制してしまったのである(通算7勝目)。

そして、6歳時の有馬記念では、5歳のハイセイコー、タケホープの人気馬や、前年の同レースの覇者ストロングエイト、天皇賞馬のベルワイド、イチフジイサミなどを相手に、2着(ハイセイコー)に5馬身の差をつけて逃げきり勝ちを演じてしまったのである。当時のファン心理としては、人気ナンバーワンのハイセイコーと、そのライバルであるタケホープの一騎討ちを期待していただけに、この両馬に5馬身以上の差をつけたタニノチカラの強さを、改めて思い知らされたのあった。中継のテレビカメラも、ハイセイコー、タケホープの2頭を追っていたために、勝ったタニノチカラの姿をはずしてしまったという、今では考えられないような珍映像だったと記憶している。私自身も、ハイセイコー、タケホープの一騎討ちを期待してレースを見ていたので、この結果に対しては、どこかやりきれない気持ちが残った。

しかし、いま同馬の血統分析表を見れば、その強さも納得することができる。まことにすばらしい配合馬であった。

ハイセイコー、タケホープの両馬の血統をI理論で分析すれば、評価はともに1A級のレベルを確保し、なかなか優秀な配合馬であったことは、これまでにも紹介したことがある。しかし、両馬をタニノチカラと比較した場合には、スピード、スタミナおよび全体の影響度バランスなど、どの面からみても、タニノチカラのほうが2頭のそれを凌駕している。それが、30年前の有馬記念での5馬身差の血統的要因なのである。

タニノチカラの中長距離馬としての配合は、ある意味では、現代でも世界の上位クラスで通用するだけの質の高さを備えているといっても過言ではない。その証拠に、ブランブルーに含まれているKlairon、Solario、Teddyといった血は、現在日本が輸入している外国産の競走馬や種牡馬の中でも、スピード、スタミナの鍵を握る主要な役割を果たしているからである。ちなみに、当時のライバルたちの中で、現在でもその名を血統表中に見ることができるのは、わずかにタイテエムとハイセイコーぐらいである。

その後、タニノチカラは7歳の春まで走り、引退後は種牡馬になった。しかし、時代を先取りし過ぎたその血の内容ゆえに、産駒にはめぐまれず、せいぜい公営のハッピーブルー、アサヒショウリを出した程度で、供用5年後に死亡している。

●イナボレスについて

今回、タニノチカラを調べているときに、同期の馬の中に、たいへん珍しい血統構成の馬を発見したので、併せて紹介しておきたい。その名はイナボレス。

イナボレスは、いわゆる抽選馬である(一般的な血統的見解からすれば、まさしくマイナーな馬)。父は内国産のヘリオス(北海道浦河産)、その戦績は46戦14勝(京都記念、阪神大賞典)。母は、アラブの血を引くボーレスクイン。ただし、この母系は、日本ではたいへん貴重な血統。江戸時代の慶応3年(1867年)、フランスのナポレオン皇帝から、14代将軍家茂宛に26頭のアラブ馬が贈られたが、その中に基礎牝馬として日本の競馬史に名を残す芦毛の高砂という馬がいた。イナボレスの母系はこの、高砂の子孫につながっているのである。

ヘリオスの父ブッフラーは、日本には鳴り物入りで輸入された種牡馬で、産駒としてはコダマなどを出している。ヘリオスの母ミスハイペリオンは、その名の通り、Hyperionの血を引く牝馬として輸入されたが、その中には、Peter Pan、Broomstick、Fair Playなど、当時としては珍しい少数派のアメリカ系の血を含んでいた。よって、ランダムに配合したのでは、当時の日本の繁殖牝馬には、これらに呼応できる血が少なかったはず。種牡馬ヘリオスからは、公営での活躍馬は出たものの、中央では、これといった馬は出なかった。
  ところが、母ボーレスクインを配したことで、イナボレスという中央初の活躍馬が誕生したのである。ヘリオスの問題点であったアメリカ系の血も、イナボレスの中では、BMSのカバーラップ二世によって、みごとに再現されている。

それよりも、Hyperionの4×5クロスができ、ブッフラー内にGainsboroughとBayardoがあることで、系列ぐるみを形成していることが大きな魅力。そのうえもしも、母内にThe Tetrarchの血があれば、強調されたKhaled内6代目でThe Tetrarchがクロスになって、スピードを呼び起こし、Khaledの能力を全開することができただけに、この点はたいへん惜しまれる。

しかし、Peter Pan、BroomstickがHermit、Galopinを通じて主導と連動し、スピードもSundridgeやOrby系が系列ぐるみになって、主導をアシストしているように、とても30年前の馬とは思えないアカ抜けした血統構成の持ち主だったのである。

Hyperion主導のGIホースといえば、昭和51年の皐月賞馬トウショウボーイ、そして54年のダービー馬カツラノハイセイコなどがおり、そして意外なことに菊花賞では61年のメジロデュレンが最初なのだが、いずれも、イナボレスよりもかなり後の時代の馬たちである。

イナボレスが勝ったレースといえば、オールカマー、金杯、そして目黒記念などで、これらはすべて当時ハンデ戦の重賞だった。イナボレスは、ある程度活躍はしても、母系にアラブの血が入り、しかも抽選馬ということで、血統上ではまったく語られることのない馬であった。

しかし、I理論に照らして、その血統を探れば、Hyperion主導のじつにみごとな配合馬であったことがわかる。しかも、先述した皐月賞・ダービー・菊花賞を制した馬たちよりも、数年も前に出現していたのである。このことが、一般ではまず語られることのない、影に隠れた馬が「次世代配合のきざし」を示す配合例なのである。イナボレスの重賞勝ちが、決してハンデ差によるものや、フロック勝ちでなかったことは、血統構成を通じて十分に説明がつく。

また、この馬の血統構成は、Nasrullah、Nearcoを含まず、The Tetrarchを含み、なおかつOrby、Orme、Sundridgeといったスピード系、さらにアメリカ系のPeter Pan、Broomstick、Fair Playを持つこと、また世代を検証すれば、単に1頭の競走馬としてだけでなく、むしろ現代でも種牡馬になれるだけの価値、構造を持っている。

▸ イナボレス分析表

 

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