久米裕選定 日本の百名馬

ヤエノムテキ

父:ヤマニンスキー 母:ツルミスター 母の父:イエローゴッド
1985年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:G1皐月賞、G1天皇賞・秋

▸ 分析表

《競走成績》
3~5歳時に走り23戦8勝。主な勝ち鞍は、皐月賞(G1・芝2000m)、京都新聞杯(G2・芝2200m)、鳴尾記念(G2・芝2500m)、大阪杯(G2・芝2000m)、天皇賞・秋(G1・芝2000m)など。  

《種牡馬成績》
クリヤームテキ、フジノムテキ、ムテキヒーローなどは出したが、オープン馬、ステークス・ウイナーの産駒はいない。

1988年の3歳クラシック戦線は、前年の阪神3歳Sで2着馬に8馬身差をつけて圧勝し、「テンポイントの再来」とも称されたサッカーボーイが、関西のエースとして東上してきたところから、その火ぶたが切って落とされた。迎え撃つ関東勢は、サクラチヨノオーが朝日杯3歳Sを制したが、そのチヨノオーを共同通信杯で敗ったミュゲロワイヤルが頂点に立っていた。そして、クラシックには登録がなかった公営出身のオグリキャップも、3月の中央デビューに向けてスタンバイ。

ヤエノムテキの初勝利は、そんな競馬シーズンがせまった2月末の新馬戦(ダート1700m)であった。2戦目のダート特別を大差で勝つと、皐月賞の出走権をかけて、毎日杯に連闘で挑戦する。しかし、ここでは売り出し中のオグリキャップの4着に敗れ、出走権を確保することはできなかった。

この年の皐月賞は、中山競馬場が改修工事のため、東京競馬場で開催された。直前になって、東西のエースであるミュゲロワイヤルとサッカーボーイが、脚部不安でリタイヤするとうアクシデントもあった。そのため、皐月賞の1番人気には、スプリングSの覇者モガミナインが推された。次いでサクラチヨノオー、トウショウマリオが2番人気、3番人気と続く。

そして、幸運にも、抽選で出走権を得たヤエノムテキは、芝実績も不足し、当然のことながら、人気は低く、18頭中の9番人気であった。レースは、アイビートウコウの先導で、1,000mの通過が59秒8。好枠(2番)を引いたサクラチヨノオーが3番手を確保し、それをマークするようにヤエノムテキは4~5番手の内側をキープ。直線、早めに抜け出したサクラチヨノオーを、ワンテンポ遅らせて追い出したヤエノムテキがとらえて先頭に立ち、中団から追い込みを見せたディクターランドを3/4馬身おさえてゴール。2分01秒3の好タイムで優勝。1977年のハードバージ以来、11年ぶりの関西馬による皐月賞制覇であった。

その後、ヤエノムテキは、GⅠレースでは力不足を露呈していたが、5歳の秋になって、鞍上に岡部騎手を迎えた天皇賞では、同期のオグリキャップ、メジロアルダン、バンブーメモリーらをおさえ、1分58秒2の天皇賞レコードで優勝し、古馬中距離の頂点に立った。最後のレースとなった有馬記念では、オグリキャップの6着に敗れたが、GⅠを2勝した実績を土産に、中距離レースにおけるスピードが期待されて、ヤマニンスキーの後継馬として、種牡馬入りを果たした。

父ヤマニンスキーは、持込み馬で、北海道錦岡牧場の生産。競走成績は、22戦5勝。中日スポーツ杯(芝1,800m)など、マイル~中距離で実績を残す。自身の血統構成は、父とBMSまでがマルゼンスキーと同じ組み合わせで、主導勢力も同じMenowの4×4の系列ぐるみ。母の母の傾向も決して悪くはないが、The TetrarchとBayardoの欠落は、日本の芝対応という面でマイナスになる。そして、種牡馬としては、マルゼンスキーが母の母内にPrincequilloを配して、欧州系に対応できる資質を備えていたのに対し、ヤマニンスキーは、Ultimus、Broomstickなど、特殊な米系の血を多く含み、欧州系への適応範囲が狭められていた。その違いが、両者の競走成績および種牡馬実績に差をつける血統的要因であった。ヤマニンスキーの血統構成を、8項目で評価すると、以下のようになる。

 ①=○、②=□、③=□、④=○、⑤=□、⑥=△、⑦=○、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=8~10F

▸ ヤマニンスキー分析表

産駒は、ヤエノムテキの他に、ライトカラー(オークス)、ヤマニンシアトル(愛知杯)、アイオーユー(カブトヤマ記念)、イタリアンカラー(日経賞2着)、マリアキラメキ(京成杯3歳S2着)、ハシケンエルド(有馬記念3着)、ルテイト(スプリンターS2着)など。

母ツルミスターは、3戦0勝。産駒は、マヤノプリンセス、ムテキサーパス、ヤエノショウリなどが、中央で1勝をあげている。

その父イエローゴッドは、英2000ギニー2着など、短距離~マイル戦で実績を示し、12戦5勝の戦績。日本でも、カツトップエース(ダービー)、ファンタスト(皐月賞)、ブロケード(桜花賞、スプリンターS)らを輩出し、種牡馬実績を残している。

ツルミスター自身は、Fairway(=Pharos)の5・5×4の系列ぐるみを主導に、ソロナウェーを強調。父内Mumtaz MahalやThe Tetrarchをはじめ、スピード勢力を完全に生かせなかったことはマイナスだが、Orbyを系列ぐるみにしてスピードを補給し、⑤⑤⑨④という影響度バランスのよさからも、0勝で終わるような血統構成馬ではなく、配置されている血の世代も整っていた。

そうした父母のもとに生れたヤエノムテキだが、その血統構成は、まず5代以内で強い影響力を示している血は、Menowの5・5×5の系列ぐるみ。次いで、Nearcoの5×5の系列ぐるみだが、両者はちょうどよい位置で、Phalarisによって結合を果たし、主導勢力を形成している。母の母内FairwayはPharosと同血で、同じく主導と結合を果たし、スピードを供給。Bull Dogの6・6×6も系列ぐるみで、Spearmint、Ajax、St.Simonによって主導と結合。Blenheim-BlandfordがCanterbury Pilgrimによって結合を果たし、これはヤエノムテキのスタミナと核となっている。

ただし、スピード勢力に比べてスタミナ勢力が弱いことと、また父内のMan o’War-Fair Playの欠落は、ヤエノムテキの限界を招く要因となっている。ダービーや有馬記念など、クラシック・ディスタンにおける力不足、あるいはここ一番という決め手のなさは、これらの血統的な不備が原因となったものと考えてよいだろう。

以上を8項目に照らして評価すると、以下の通り。
 ①=○、②=○、③=□、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=8~11F

少ないクロス馬でシンプルにまとめられ、Menowのスピードを再現した素直な血統構成であったことが読み取れる。Menowを主導にした血統構成を持つ馬の代表にマルゼンスキーがいるが、脚質の特徴は、平均ペースのレースで、スピードを持続できること。ヤエノムテキの皐月賞、天皇賞・秋の勝利も、まさにこのMenowの特徴を最大限に生かした結果といえる。

ヤエノムテキは、91年から種牡馬として供用され、毎年30~40頭ほどの種付けが行われていた。しかし、産駒成績はいまひとつ振るわず、とくに芝では父ヤエノムテキをイメージさせるようなスピード馬は出現しなかった。その原因として、まず考えられることは、種牡馬として、配置された血の位置が1世代後退したことで、父内米系と、母内欧州系を連動させることが難しくなった点があげられる。このパターンは、ヤエノムテキに限らず、欧州系のトニービンに対して、米系Nijinskyを母方に含めていたウイニングチケットやエアダブリンの種牡馬としての実績不足も、同様のケースと考えられる。

ヤエノムテキのそうした不安を取り除くためには、Tom Foolあたりに着目して、血をまとめることが、配合の1つの方法と考えられるが、ここでは関西のクリヤームテキという馬を紹介しておきたい。この馬は、1995年のダービー馬タヤスツヨシと同期で、ヤエノムテキの初年度産駒のうちの1頭。2歳暮れのダート未勝利戦を勝ち上がり、明けて1月のダート特別(白梅賞)を勝ち、そこから芝路線に変更する。しかし、芝では、アーリントンC、毎日杯と、スピード不足を露呈し、900万円クラスが壁になっていた。

主導は、Tom Foolの5×5の系列ぐるみで、NasrullahとFair Trialのアシストを受け、ヤエノムテキへの配合としては、方向性は間違っていなかった。しかし、母の母内コーネルランサー、フロリバンダと、米系の連動が弱く、それが芝のスピード対応面でマイナスになっていた。クリヤームテキの血統構成を8項目で評価すると以下のようになる。

 ①=□、②=□、③=□、④=□、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=2B級 距離適性=6~10F

▸ クリヤームテキ分析表

とくに悪い部分はないが、これぞという強調材料も不足しているという配合で、血の統一性に欠ける種牡馬というものは、方向性は合っていても、このように個性に欠ける産駒ができてしまうケースが多い。

最後に、ヤエノムテキの同期馬たちについて、簡単に紹介しておこう。

■トウショウマリオ(父ノノアルコ、母ソシアルトウショウ)
京成杯1着、皐月賞5着。

この当時から、将来的に、NearcticやNorthern Dancerが主導勢力になる時代には、重要な役割を果たすことになると位置づけていたのが父のノノアルコ。弥生賞を制し、2006年のクラシック戦線の中心と目されているアドマイヤムーンは、Nearctic主導のノノアルコ強調型の血統構成である。

トウショウマリオは、HyperionとPharosによって、そのNearcticを強調、ヴェンチアなど米系のスピードを取り込むことに成功している。決して好バランスの配合ではないが、当時としては珍しく、時代の先取りを感じさせる血統構成の持ち主であった。

 ①=○、②=△、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=8~10F

 ▸ トウショウマリオ分析表

■ディクターランド(父ディクタス、母ダイヤランド)
 函館3歳S1着、皐月賞2着(14番人気)。

父とBMSまでは、サッカーボーイと同じ組み合わせ。サッカーボーイの母の母が、Princely Giftなど欧州系主体になっていたのに対し、当馬は米系主体。その米系に不備をかかえたことが、信頼を欠く要因になっていた。しかし、少ないクロス馬と、Mahmoudの5×5・6の系列ぐるみの主導の明確性ということが、この馬の配合の最大の長所。仕上がったときの、ここ一番で意外性を発揮する馬の血統構成には、このタイプが多い。安田記念2着で波乱を演出したイクノディクタスなども、このパターンの配合馬であった。

 ①=◎、②=□、③=○、④=△、⑤=□、⑥=○、⑦=□、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=8~10F

以前紹介したオグリキャップ、サッカーボーイ、スーパークリークなど、1985年生まれの世代は、配合パターンがそれぞれ異なる、個性的な血統構成馬が出現していたことがわかる。

 ▸ ディクターランド分析表

 

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