久米裕選定 日本の百名馬

エイシンワシントン

父:オジジアン 母:Shamaritan 母の父:Sham
1991年生/牡/IK評価:3A級
主な勝ち鞍:G2CBC賞、G1スプリンターズS――2着

▸ 分析表

【久米裕選定 日本の百名馬 羽鳥昴・補完その1】

ホームページのリニューアル計画を立ち上げた時から、久米先生が遺された日本の百名馬をそこで再び公開し、できるだけ多くの方に目を通していただきたいという思いはあった。また、このコンテンツが、理論・競走馬の血統解説というだけに留まらず、「読み物」としても十分楽しめるものであることから、私自身、一読者の立場に戻って、そのすべてを読み返したいとも感じていた。

そして、残された原稿データの整理を始めたのだが、ナンバーの振り間違いによる番号飛ばしなどから、最終的に頭数が「3頭足りない」と判明した。そこで、今回から3頭分を補完して、久米先生の最後の1頭と合わせて百名馬を完成することとした。

しかし、そもそもなぜこの馬の名が見当たらないのか、という疑問はずっと心に燻っていたような気がする。

外国産馬であり、内国産ではないからかとも考えたが、同じ外国産のグラスワンダーは選ばれていたので、それは違う。では、やはりG1勝ちがないからという理由で、入れたいという気持ちはあっても取り上げられなかったのだろうか…。

最後のレースとなったG1スプリンターズSで、勝ち馬フラワーパークの強襲に遭い、ハナ差わずか1cmに泣いたエイシンワシントン。この2頭のデッドヒートは、この世代を知るファンの中では今でも名勝負の1つとして挙げられることも少なくない。そのスプリンターズS勝ちのタイトルさえあれば、あるいは同馬は編纂の際にふるいにかけられることもなかったのかもしれない。

それでも、そこを敢えて残る3枠の中に推奨したいのは、同馬のもつ、その不偏の優秀さに再度光を当てたいからに他ならない。

《競走成績》
2~5歳時時に25戦8勝。おもな勝ち鞍はCBC賞(G2・芝1200m)、セントウルS(G3・芝1200m)、2着――スプリンターズS(G1・芝1200m、1着=フラワーパーク)

《種牡馬成績》
1998年から供用されたが、エイシンヘーベ(01年生、BMSサンデーサイレンス)がOP福島民友Cを制した程度。そのため、現在ではそのサイアーラインは途絶えてしまっているが、エイシンヘーベの母系の中で、その血はわずかに次世代へと繋がっている。

エイシンワシントンは、外国産馬として輸入され、関西の内藤厩舎に入厩、3歳(現2歳)の晩秋に芝の1200mでデビューを迎え、3馬身差の逃げ切り勝ちを収めた。続く2戦目でG1朝日杯3歳Sに駒を進めたエイシンワシントンだが、そこにはすでに頭角を現しつつあった「シャドーロールの怪物」ことナリタブライアンも出走してきた。ナリタブライアンに次ぐ2番人気に押されるも、タイキウルフとサクラエイコウオーなどとの激しい先行争いに巻き込まれたエイシンワシントンは、直線伸びず6着に敗退し、2戦1勝で2歳を終えた。

明け3歳になったエイシンワシントンは、初戦(芝1400m)と2戦目(芝1600m)を2着し、距離を短縮した3戦目の萌黄賞(芝1200m)で2勝目をあげると、次のレースをG3アーリントンC(芝1700m)に定め、初重賞制覇を狙った。しかし、ハナを切って逃げ粘るメルシーステージ(父ステートジャガー)を捉えきれず、2着に敗れた後、骨折が判明し、数ヶ月間の休養を余儀なくされた。

復帰戦は、いきなり距離を2000mに延長したG3朝日チャレンジCが選ばれ、果敢に逃げた同馬だが、ツルマルガールの5着と敗れ、以後、長いところを使われることはなく、短距離の逃げ馬という同馬の最終的なイメージが定着することとなった。

IK理論では、エイシンワシントンが勝ち上がった際に、以下のように評した。
「1990年生まれは、ナリタタイシン、ビワハヤヒデの2頭に「A上級(現3A級)」の評価をしたが、1991年生まれは当馬1頭だけ。当馬はまだ、G1レースを制してはいないが、血統構成だけなら、現役馬中随一の内容に変わりはない。」

しかし、その評価・期待とは裏腹に、エイシンワシントンは、G1のタイトルを手にすることなく、スプリンターズSでの2着を最後に競走生活を終えることを余儀なくされてしまう。次走へ向けての調教中に重度の骨折を発症してしまったのである。それは、安楽死も検討されるほどのひどい状態だったそうだが、どうにか一命を取り留め、1年以上の長期に渡り治療を受けた後、種牡馬入りを果たした。

同馬は、個性派の逃げ馬としてファンの心を掴んだが、記憶の中のその姿は、決して軽快なスピードというイメージではなく、どちらかというと米国のスプリンターのような、急加速してゆく重戦車、躍動する筋肉に押し出されたスピードのようであった。そのイメージは、まさに、同馬の9代分析表からも窺い知ることができる特徴なのだが、まずは、同馬の父母それぞれの血統構成からアプローチしてみよう。

父オジジアンは、1983年米国産。米国で走り10戦7勝。エイシンワシントンの日本での活躍から種牡馬として輸入された。日本で活躍した産駒には、他に、バトルライン(G3プロキオンS)やタイキダイヤ(G3クリスタルC)などがいるが、いずれも外国馬として輸入された馬であり、日本での産駒成績はそれほど目立ったものではなかった。

自身の競走成績は、2歳時3戦3勝。3戦目のG1フューチュリティS(ダ6F)を2着馬に9馬身半差をつけて圧勝し、2歳馬のトップレーティングを与えられ、3歳時もG1ドワイヤーS(ダ9F)やG1ジェロームH(ダ8F)を制した。しかし、その後2戦は3着、6着といま一つ精鋭を欠き、そのまま引退種牡馬入りした。

血統構成上は、Pharos-PhalarisはPolymelusが断絶、Blue Larkspurも中間断絶で影響が弱まっているが、その他、Man o’War6×5・6やSolario、Teddyなどが前面でクロスし、どこのどの血を強調したいのかが読み取りにくい配合であったことが分かる。また、スタミナもGay Crusaderなどは押さえているものの、強固とは言えず将来的な底力・成長力も物足りなかったはず。長所は、The Tetrarch-Roi HerodeやMumtaz Mahalなどのスピードが前面で再現されたことで、これが2~3歳時の活躍に繋がっていたものと考えられる。

▸オジジアン分析表

対する母Shamaritanは、米国産で21戦6勝という戦績だが、重賞勝ちはない。血統構成上は、別紙分析表通り、Princequillo3×3のスタミナを核とし、Hyperion4×6・6の系列ぐるみで全体をリードした配合であるが、PrincequilloやGraustarkなどのスタミナに良さはあるものの、The Tetrarchなどがクロスにならず、スピード勢力の弱さを抱えていた。さらにもう1点、父の父HyperionやPhalaris、Seleneなどを通じて父Shamの影響が強すぎ、全体バランスもいま一つであった。

▸Shamaritan分析表

その父母の間に誕生したのがエイシンワシントンである。

同馬の血統構成の中で、まず目につくのは、Sickle(=Pharamond)6・5×5である。この血は、父Phalaris、母Selene共に系列ぐるみを形成し、全体をリードする強固な主導勢力となっている。これは、同馬のスピード源としての役割もあるのだが、さらに、父オジジアンに「欠けた」主導の明確性を補正できるという重要なポイントとなっている。

次に、Princequillo5×4・4(中間断絶に近い)だが、こちらは元々母Shamaritanのスタミナ源であった。それを、母同様にPapyrusやGay Crusaderなどのキーホースを押さえつつ再現することで、父オジジアンに不足していたスタミナをも補完できている。

そして、逆に母に不足していたスピードだが、主導のSickle(=Pharamond)の他に、Mahmoudからもアシストを受け、母自身の中ではクロスになっていなかったMumtaz MahalやThe Tetrarch-Roi Herodeなどをクロスさせることで、豊富なスピード勢力として能力参加させている。

また、母自身の抱えたバランスの悪さについても、Hyperionをクロスさせないことで、それをしっかりと補正している。しかし、それだけではなく、Hyperionの父母GainsboroughとSeleneはきちんと系列ぐるみのクロスになっていること、そしてSeleneはSickle(=Pharamond)の母であることから、Hyperionはクロスにならずとも、能力参加を十分果たしていることも忘れてはならない。

オジジアンのスピードとShamaritanのスタミナの融合。

父母それぞれの能力の長所を生かしつつ、欠けた部分を補完したスピード・スタミナ兼備の血統構成のもち主、それがエイシンワシントンなのである。

同馬の血統を8項目で評価すると、以下のようになる。
 ①=◎、②=◎、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=◎、⑧=◎
 総合評価=3A級 距離適性=8~15F

ちなみに、同期の三冠馬ナリタブライアンは2A級であるから、もしもエイシンワシントンが本来の能力を全開できていたら、ナリタブライアンと互角、あるいはそれ以上のパフォーマンスを発揮する可能性すらあったわけである。ナリタブライアンのあの強さを実際に目にしていた世代である以上、本格化したエイシンワシントンとの闘いもぜひ見てみたかったものである。残念ながら、それは幻で終わってしまったが…。

血統構成以外の要因として、エイシンワシントンはかなりの気性難であったという話がある。気性的に制御の効くタイプではなかったため、それに任せて短距離を逃げるレースしか選択肢がなかったということだろう。

それでも、同馬のあの逃げ――それは、Sickle(=Pharamond)やMahmoudなどのスピードに、PrincequilloとGraustarkのスタミナというスピード・スタミナ兼備のもち主だったからこそ為せる技であり、能力の片鱗だったと推測できる。

ここで、エイシンワシントンのライバルたちの血統構成のついても触れておこう。
まずは、宿敵とも呼べるフラワーパーク。こちらはすでに百名馬ニホンピロウイナーの中でも回顧されているが、当初はHyperionとDante(=Sayajirao)-Nearcoの系列ぐるみがいずれも強い影響を示した中距離タイプの配合と見ていた。また、強調されたBMSノーザンテーストの加系もBuchanとPapyrus-Traceryを押さえたことは幸運だが、Windfieldsの部分の補完が万全ではなく、信頼性に欠ける面をもっていた。

スプリンターとしてG1を制することができた根拠は、分析表上からの見解よりHyperionへの血の集合力の方がDante-Nearcoよりも勝っていたこと、そして、HyperionとMumtaz Mahalを通じて父の父内Abernant、NearcoとMumtaz Begum-Mumtaz Mahalを通じて祖母内Nasrullahからスピードのアシストを受けられたことと推測される。ただし、これはあくまで結果オーライの内容であり、ニホンピロウイナーへの配合としては万全とはいえない。

8項目評価では、
 ①=□、②=□、③=□、④=△、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=2B級 距離適性=9~10F

▸フラワーパーク分析表

次に、2歳時にこぶし賞、G3アーリントンCと対戦し、エイシンワシントンを破ったメルシーステージについて。

当馬の母マミーブルーは、4代目にNasrullahの血を2つ持っているため、どんな種牡馬を配してもそのNasrullahのクロスを介して自分を強く出すタイプ。当馬もその典型で、Princely Giftの4×3の系列クロスをもち、この血と次いでBMS内Nasrullahで全体をリードした近親交配の形態である。War AdmiralやBull Dog(=Sir Galahad)を通じて父の母方アイアンリージのスタミナが再現され、しぶとさを備えたことは読み取れる。これらが早期からのスピード発揮と粘りに繋がったものとは推測できるが、配合としては決して一流の内容とはいえない。

8項目評価では、
 ①=□、②=□、③=○、④=□、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=2B級 距離適性=6~9F

▸メルシーステージ分析表

最後に、2歳上の短距離絶対王者サクラバクシンオーについて。エイシンワシントンと同馬は、G2スワンSとG1スプリンターズSで2回対決する機会があったが、いずれもサクラバクシンオーに軍配が上がっている。

サクラバクシンオーは、父サクラユタカオーと異なり、Nasrullahのクロスはもたず、Hyperion4×5・4の系列ぐるみで全体をリードした配合。Plucky Liegeを伴うBull Dogからスタミナを補給し、スピードは、Mumtaz Mahal6・7×8・8・8で、ここにTetratema7・8×8、さらにその父The Tetrarch7・8・8・8・9×8・8・8・8の9個のクロスが加わり、能力形成に参加している。これこそが、スプリンターズSを2回制覇というスピードの血統的要因である。

ただし、同馬は、Hyperion主導であるにもかかわらず、上位クラスではマイル以上の距離で実績に乏しい馬であった。その理由を血統的な背景に求めるなら、父ユタカオー自身がスタミナ源としていたSolario、Hurry Onがクロスとならなかったこと、そして、ノーザンテースト内のVictorianaの不備の補完が万全ではなかったことが、距離的限界を示した要因と考えてよいだろう。

サクラバクシンオーの8項目評価は以下の通り。
 ①=○、②=○、③=□、④=□、⑤=□、⑥=□、 ⑦=○、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=6~10F

▸サクラバクシンオー分析表

こうしてライバルたちとの比較をしてみるとわかるのだが、皆一長一短で父母いずれかの傾向がマッチしていないことから、そこが能力の限界となり、その影響が少なからず距離の限界などに表れている。

対するエイシンワシントンは、父母それぞれの抱えた不備を補完し、かつ自身は数ランク上の血統構成をもつという、これ以上ないほど完成された配合であった。その完璧さ故に、残念ながら、その優秀な血を後世に多く残すことは叶わなかったが、これは父母の血を合わせるというIK理論の根本ともいうべき考え方であり、まさに配合に際しての最上位のモデルケース・手本と呼ぶにふさわしい形態の域である。

 

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