久米裕選定 日本の百名馬

ノースガスト

父:アラナス 母:ゲズンドハイト 母の父:ミステリー
1977年生/牡/IK評価:3B級
主な勝ち鞍:菊花賞

▸ 分析表

皐月賞を勝つのは速い馬。ダービーはそれにスタミナを加え、なおかつ運のよい馬。そしてもっとも強い馬が菊花賞を制す──と、これまでいわれてきた。たしかに、これまでの菊花賞馬の血統構成には、スプリンターやマイラーとは異なり、必ずといってよいほど、確固たるスタミナの核が備わっていた。大一番では、そのスタミナが威力を発揮する。

歴代菊花賞馬の主導勢力、あるいは呼び水の役割を果たすクロス馬を見ていくと、キタノオーザ(昭和35年)、ヒロキミ(37年)がSt.Simon。ハククラマ(34年)、シンザン(39年)、アカネテンリュウ(44年)、インターグシケン(53年)がGainsborough。ナスノコトブキ(41年)、ダテテンリュウ(45年)、プレストウコウ(52年)がBlandford。

そして、Nearcoの第1号がタケホープ(48年)で、キタノカチドキ(49年)、コクサイプリンス(50年)と3年連続する。変わったところでは、トウルヌソル(父Gainsborough)のミナガワマンナ(56年)がいる。
おしなべて見ると、GainsboroughとBlandfordのスタミナが、日本のステイヤーに多大な影響を与えてきたことがうかがえる。

そうした流れのなかで、たった1頭、異彩を放つ菊花賞馬がいる。それがこれから紹介する、Djebel主導のノースガストである。

《競走成績》
3~6歳時に15戦して4勝、2着4回、3着3回。主な勝ち鞍は菊花賞(芝3000m)、神戸新聞杯(芝2000m)、2着──阪神3歳S、京都新聞杯。

《種牡馬成績》
種付け頭数が初年度から3頭と少なく、産駒にはこれといった活躍馬は出なかった。

父アラナスは、1965年フランス産で、1970年に輸入。競走成績は4戦1勝だが、パリ大賞典(3000m)での3着の実績をもち、父Right Royal(仏ダービー、キングジョージ)や、BMSのArbar(カドラン賞)の血を反映して、スタミナ優位の血統構成を持つ。産駒も、その影響から、当馬のほか、アラナスゼット(ステイヤーズS2着、天皇賞3着)、公営のハナキオー(東京ダービー、東京王冠賞)など、長距離に実績を残した馬を出している。

母ゲズンドハイト、および祖母スパイラルは、ともに不出走で、4代母キミカゲが桜花賞2着。母系の実績は、どちらかといえば公営に片寄っている。

BMSのミステリーは、Milesian の直仔で、ペール、マイフラッシュとともにパーソロンの全弟に当たる。戦績は17戦4勝で、これといって目立ったレースでの実績はなく、種牡馬としての産駒実績も乏しかった。

そうした父母の間に生まれたノースガストは、その小さな馬体(420㎏前後)も含め、血統上でも、まったく注目されるようなところがなかった。しかし、そのようなマイナーな父母を持った馬ではあったが、その配合内容を分析すると、かなり強烈な個性を宿し、それなりの可能性を秘めた血統構成であったことがわかる。まずは、分析表をみていただきたい。

5代以内のクロスは、Djebelの4×5があるが、これは途中Bruleurのところが欠落しているものの、ほぼ系列ぐるみに等しい。他の系統と比較しても、明らかにもっとも強い影響力を示し、この血が主導であることがわかる。

Djebelは、6歳で開花し、凱旋門賞を含めて7戦7勝をあげた馬で、定評のある奥手のスタミナの血として機能する。近年、ヨーロッパでは、Sadler’s Wellsが、種牡馬として群を抜く実績を残している。その代表産駒であるSalsabilをはじめ、GI馬たちの多数が、このDjebelの血のクロスをもち、きっちりとスタミナの核を形成し、能力形成上、多大な貢献を果たしている。

ノースガストは、まずこのスタミナの血を、最初にしっかりと根付かせたことがわかる。つぎにくるのがPharisの4×4。これも途中Phalarisが欠落し、Clarissimusもクロスになれなかったことから、多少影響は弱められている。ただし、Pharisは仏ダービー、パリ大賞典など3戦3勝の馬で、スタミナ優位。Djebelとのスタミナバランスを考慮すれば、途中のクロス馬の欠落は、スピード発揮のためには、かえって好都合だったといえるだろう。

同様のことが、Hyperionの4×6で、Gainsboroughが欠落し、中間断絶になったことにも当てはまる。さらに、強調された父の母方Arbar内では、Asterus(仏2000ギニー)とSardanapale(仏ダービー、パリ大賞典)をきっちり押さえ、前者はTeddyで、後者もSt.Simonによって、主導のDjebelと直結して、スピードとスタミナを補給している。

他の影響の強いクロスも、PharisがSt.Simon、Galopin、Hamptonによって、HyperionがSt.Simon、Bay Ronaldによって、主導のDjebelと直接結合を果たし、強固な連動態勢を整えている。

この強固な結合と、上質のスタミナの存在こそが、ノースガストがここ一番という菊花賞で真価を発揮できた強さの秘密なのである。クロス馬個々の内容、そして全体の血統構成を見渡しても、菊花賞馬を語る上で、抜かすことのできない要素を持った馬であることがわかる。

ノースガストの血統構成を、名馬の8条件に照らすと以下のようになるが、レベルを満たさない項目が含まれていることが惜しまれる。

 ①=○、②=□、③=◎、④=□、⑤=△、⑥=□、 ⑦=□、⑧=□
 評価は3B級、距離適性は10~15Fとなる。

この配合の問題点は、母の母の影響度の①が示す通り、祖母スパイラルの能力参加の度合いが低くなり、全体のバランスを崩したことにある。影響度バランスの分類としては、4つのうち一つだけ数の小さいGrundy型になるが、せっかく父アラナス内にある優秀な血を再現しておきながら、母側、とりわけ母の母側の形態がいかにも貧弱なため、GI馬の血統構成としては、必ずしも万全な内容とはいいがたい。

ノースガストは、5歳になってから1戦(大阪杯5着)、6歳になってからも1戦して勝てず、菊花賞以後は活躍することなく、競走生活を終えている。Djebelの血の効用から考えれば、むしろ古馬になってからの成長を見込めるはずなのだが、このスパイラルの不備が、馬の成長や調子の維持にとって、マイナスに作用したのではないかと考えられる。仮にこの馬が、万全の状態で天皇賞に駒を進めたとしても、この血統の不備のために、菊花賞より200m長い距離に対して、最後の踏ん張りができたかどうか疑問である。その可能性は低い、というのが理論からみた推測になる。

ノースガストの血統のなかには、不思議な点がある。それは、5代以内に発生したクロス馬だけを見ると、Djebelを始めとして、Pharis、Hyperion、Asterusと、いずれもスタミナ系の血ばかりであること。これを配合段階で判断すれば、「スピード不足、決め手に欠けるジリ脚タイプ」とコメントするだろう。なのに、菊花賞では、3分06秒1というレコード勝ち。しかも、モンテプリンスを内から差し切っている。この瞬発力、スピードの要因は、血統のどこに求めるべきなのだろうか。

まず、どんなスタミナタイプの血であっても、主導となりうる血は、本来スピード・スタミナを兼備している優秀な血統構成馬である可能性が高いということ。その血をしっかりと再現することができれば、最低限のスピードは確保される。HyperionやNearcoを主導とする馬たちが、他の血のアシストによって能力変換を遂げれば、ステイヤーにも、スプリンターにもなり得ることで、それは証明される。

そこで問題は、他の系統との連動、結合状態がどうかということになる。コメントのなかでよく「血の流れがよい」とか「血の位置がそろっている」などと表現しているのは、系列ぐるみの主導から3~4代以内で結合が完結し、全体が一つになるような血の流れを持つ馬のことをいっている。そういう血統を持つ馬は、反応もよくスピードを再現しやすいという特徴を持っていると考えて、間違いない。

ノースガストの場合でいえば、Djebel内の3代前にBayard、Teddyが含まれ、これとHyperion、Asterusが直結する。つまり、4代前のBay Ronaldまでさかのぼることなく、一体化が実現する強固な結合構造を持っている。この血の結合のスムーズさが開花を果たすと、競走能力にそのまま反映されて、いわゆる反応のよさや、瞬発力につながる、という判断ができる。

ただし、それはあくまでも、その血の適性に合った距離で最大の威力を発揮する。マイル戦などでは、それなりのスペシャリストたちがスピード優位を保つため、Djebelのような血は、あと一息の詰めの甘さを指摘されることになる。実例をあげると、現役6歳馬のマヤラブリー(父デュラブ、3B級)は、BMSがこのノースガストでありながら、短距離で準オープンレベルのスピードを発揮している。しかし、短距離戦では、このクラスあたりで限界を示す可能性が高いといえよう。

ことしの3歳戦では、凱旋門賞馬カーネギーの産駒が活躍している。カーネギーは父Sadler’s Wells、母Detroit(凱旋門賞)なので、母仔凱旋門賞馬となり、スタミナ色が強いことはいうまでもない。ただし、その血統内の血の流れのよさが、うまく配合で産駒に反映された場合には、反応のよい産駒が実現する可能性がある。その辺りの内容は、別の機会に説明したい。

さて、ノースガストが勝った菊花賞で、1番人気におされたのは、ダービーでオペックホースの首差2着に敗れたモンテプリンスであった。この馬は、父シーホーク、母モンテオーカン、母の父ヒンドスタンという血統。

別掲の分析表通り、主導は牝馬でBlandfordの仔Udaipur(オークス)と、全弟のUmidwarの5×4の系列ぐるみ。ついで、Solarioの6×4の影響が強く、両者で、BMSのヒンドスタンを強調している。

Blandford系、Gainsborough系のスタミナのスタミナ勢力が主体になっていること、そして父母内に弱点・欠陥を派生させることなく、HerbagerやBig Gameのスタミナを傘下におさめたその形態は、むしろ日本の菊花賞馬の歴史を集大成したような血統構成といえるだろう。

ただし、この馬の問題点は、父内で影響の強いHerbagerが、Pharos系を主体として、Blandfordの血を含んでいないこと。それとは逆に、強調されたヒンドスタンのほうは、Pharosを含んでいない。このことに代表されるように、主導の影響力がいまひとつ不明確になってしまったことである。

ノースガストが、バランスの悪いなりに、Djebelという主導を明確に打ち出せたこととは対照的に、どこかボヤけた部分を持つのがモンテプリンスの特徴。つまり、ダービーと菊花賞で、ともに首差の2着に泣いた詰めの甘さが、主導の不明確性という血統的要因に求められるだろう。こうした血統構成を持つ馬は、追い出しのタイミングを早めにして、直線で抜け出し、最後はスタミナで粘りきるといったレースで、その持ち味を発揮できる。4歳時のNHK杯(2000m)、6歳春の天皇賞(3200m)などでの勝利は、まさにそうしたレース展開で強さを見せつけた。

しかし、決め手勝負には弱く、5歳での天皇賞(秋)がホウヨウボーイの2着、有馬記念がアンバーシャダイの3着に終わった。現在の馬でいえば、セントクレスピンを強調したスペシャルウィークが、そのイメージに近い。

モンテプリンスの8項目評価は
 ①=□、②=○、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、 ⑦=○、⑧=○
 となり、評価は1A級、距離適性は9~16F。

▸モンテプリンス 分析表

晩成型の中長距離タイプである。全体のバランスなど、総合的に見れば、ノースガストよりも評価は上。菊花賞でも、レース展開や騎乗法などによっては、違う結果になったとしても不思議はないだろう。とはいえ、日本の菊花賞史上において、Djebel主導という異色の菊花賞馬の誕生は、血の歴史や特徴・効果を振り返る上で、意味があったと思う。

最後に、このレースで3番人気になっていたが、結果的に大差のブービーに敗れたウエスタンジェットという馬の血統表も掲載しておいたので、参照していただきたい。

この馬は、父がRibotの直仔リブリボー。Gainsboroughを主導に、Hyperionを強調し、血統構成上はたいへんすぐれた内容といえる。シンプルかつバランスがとれ、血統的妙味という点では、ノースガスト、モンテプリンスより上である。現在でいうところのGIレースには縁がなかったために(主な勝ち鞍はアメリカJCC、日経賞)すでに忘れ去られた存在だが、Ribot系の父を持つ産駒としては、イシノヒカル(父マロット)とともに、ぜひとも記憶にとどめておきたい血統構成馬である。

参考までに、8項目評価を示しておくと、
①=○、②=○、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=□、 ⑦=○、⑧=◎
となり、評価は1A級(2Aに近い内容)で、距離適性は9~16Fとなる。

▸ウエスタンジェット 分析表

 

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