久米裕選定 日本の百名馬

タニノギムレット

父:ブライアンズタイム 母:タニノクリスタル 母の父:クリスタルパレス
1993年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:G1日本ダービー

▸ 分析表

タニノギムレットのデビューは、2001年(平成13年)の8月、札幌競馬場のダート1000m新馬戦。12頭立ての1番人気に支持されるも、2着に敗れる。その後、ソエのため休養し、暮れの阪神未勝利戦・芝1600mで復帰し、2着に7馬身差をつけて快勝。以後、シンザン記念、アーリントンC、スプリングSを制し、4連勝で本番の皐月賞に駒を進めた。

鞍上は、主戦の武豊騎手が落馬によるケガのため、スプリングSから四位騎手に。レースは、よどみのない平均ペースで進み、タニノギムレットは後方の位置取り。中団の位置で流れに乗ったノーリーズンが内側の経済コースから抜け出し、タニノギムレットは大外から末脚を伸ばしたものの、前が止まらない高速馬場であったために、1馬身3/4差の3着に敗れた。

ダービーをめざすタニノギムレットは、前年のクロフネと同じ変則ローテーションで、NHKマイルCに挑戦し、ここでは主戦の武豊騎手に乗り換わるものの、直線で2度の不利を受けたこともあり、脚を余してテレグノシスの3着に敗れる。負けてなお強しの印象を残したものの、勝ち星に見放されたまま、ダービーを迎える。

出走馬は、皐月賞馬のノーリーズンをはじめ、NHKマイルC馬テレグノシス、トライアルを制したシンボリクリスエス、メガスターダム。前年の2歳チャンピオンのアドマイヤドン。ダートで連勝中のゴールドアリュールなど、好メンバーが揃った。

レースは、予想よりも緩めのペースで進んだが、タニノギムレットは中団よりやや後方に待機。直線に向くと、持ち前の瞬発力を発揮して、前を行く馬たちをあっという間にとらえ、シンボリクリスエスに1馬身差をつけて優勝、前2走のうっぷんを見事に晴らしてみせた。そして、秋に備え、夏を休養にあてたタニノギムレットだったが、春の激走がこたえたのか、左前浅屈腱炎を発症し、9月に引退し、種牡馬入りしている。

《競走成績》
2~3歳時に走り、8戦5勝。主な勝ち鞍は、日本ダービー(G1・芝2400m)、スプリングS(G2・芝1800m)、アーリントンC(G3・芝1600m)、シンザン記念(G3・芝1600m)など。

父ブライアンズタイムは、米国産で21戦5勝。フォーティナイナーなどと同期で、ケンタッキー・ダービー6着、プリークネスS2着、ベルモントS3着と、上級クラスでは、善戦はすれどあと一歩というもどかしさのある馬であった。それでも、格は下がるが、フロリダ・ダービー(G1・9F)、ペガサスH(G1・9F)と2つのGⅠレースを制している。

自身の配合は、父RobertoがHyperionを含まず、母Kelley’s DayがNasrullah、Nearcoを含まないことで、Sir Gallahad(仏2,000ギニー)の5・5・7×5が、母方Plucky Liegeとその父Spearmint(英ダービー)らを系列ぐるみに含めて主導を形成。父母間の世代も整い、個性的な血統構成を示していた。ただし、欧米の血の結合にややスムースさを欠くことや、Robertoのスタミナのキーホースを完全には押さえきれなかったことなどが、上級レベルのレースでの詰めの甘さを生んだ原因になったものと考えられる。

▸ ブライアンズタイム分析表

母タニノクリスタルは、シスタートウショウ、イソルルーブルらと同期。アネモネS(芝1,400m)を制し、GⅠロードでも期待されたが、桜花賞、オークスとも着外に敗れている。とはいうものの、理論からみた血統構成は、Fairwayを主導に、Blue Peterを強調し、Mumtaz Mahalのスピードに、Hurry On、Rabelaisのスタミナを加え、異系交配のすぐれた内容を示していた。

タニノクリスタルの血統を8項目で評価すると、以下のようになる。
 ①=○、②=□、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=9~12F

▸ タニノクリスタル分析表

母内のRibot、Sea Birdの特徴をとらえ、欧州芝向きで、世界的な質を保っていたことが確認できる。この馬を始め、1990年頃は、日本の牝馬の質がグレードアップされた時代であり、それが現代の内国産種牡馬の質の向上にも結びついているといえる。そうした父母の間に生れたのが、タニノギムレットである。

まず、前面でクロスしている血は、Graustarkの3×4があるが、この血は単一クロスのため影響力が弱い。しかし、その中に含まれるTracery、Bachelor’s Double、Gay Crusaderといった血がクロスになって、スタミナを供給する役割を果たし、タニノギムレットの底力を支える役割を担っている。

それに対し、位置と系列との関係から、主導はRomanの5×5の系列ぐるみで、次いでNasrullahの5×6の系列ぐるみとなる。それに母系の6代目でMah Mahalがクロス。これらは、Spearmint、Bay Ronald、Mumtaz Mahalで連動して、いずれもスピード要素として、能力参加を果たしている。

タニノギムレットが、3歳戦の初めからマイルで良績を残せたことや、あるいはスローペースのダービーで瞬発力発揮できたことの血統的要因を求めれば、まさにこのRoman、Nasrullah、Mah Mahalのスピードが、鍛練によって引き出されたことによる。もちろん、スタミナの裏づけも、前記Graustarkの他に、Solario、Plucky Liege、Rabelaisなどから補給されている。

以上を、8項目に照らして評価すれば、以下のようになる。
 ①=○、②=□、③=□、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=9~12F

Roberto強調型で、実質異系交配のバランスを保ち、スピード・スタミナ兼備の、ダービー馬にふさわしい血統構成の持ち主であった。

つぎに、種牡馬としてのタニノギムレットの可能性について。ブライアンズタイムの後継種牡馬第1号としては、ナリタブライアンがいるが、同馬はNorthern Dancerの血を含み、自身の血統構成がそれ自体で完成されているために、さらにそれを超えるような配合を考えることは、極めて難しくなる。そのことは、これまでにも指摘してきたとおり。

それならば、マヤノトップガンのほうが、Northern Dancerを含まないので、適応範囲が広くなり、種牡馬としての使い易さを備えているといえる。そうした構造面からみれば、タニノギムレットも、Northern Dancerを含んでおらず、ブライアンズタイムの後継種牡馬としては、マヤノトップガンに近い位置にある。

それでは、トップガンとギムレットの比較でいえば、前者がBlushing GroomやVaguely Nobleといった重厚な血を母方に含めているのに対し、後者はフォルティノ、Dun Cupidを含み、スピードを引き出し易い構造を示している。このことは、日本競馬では有利な条件になる。

タニノギムレットが、初年度産駒から、2歳牝馬ナンバーワンのウオッカを出すことができた一つの血統的要因は、ここにあると考えられる。このウオッカの配合は、種牡馬としてのタニノギムレットを活用するときの一つの方向性を示唆している。そこで、配合ポイントの具体例として、ウオッカの分析表および勝ち上がり時の評価を解説しておきたい。

8項目評価は以下の通り。
 ①=○、②=□、③=□、④=○、⑤=□、⑥=△、⑦=○、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=8~11F

▸ ウオッカ分析表

主導はNashuaの5×6の系列ぐるみ。タニノギムレット自身のスピード源であるRomanが6・6×6の系列ぐるみで能力参加を果たし、Alibhaiの6×6もHyperion、Traceryをクロスとして、スタミナの核を形成。タニノギムレットの持つ血の流れをうまく活用している。

ちなみに、新潟2歳Sを制したゴールドアグリ、およびウオッカの母方には、ともにRivermanが配されている。このRivermanの血は、タニノギムレットを生かす上で有効であるということは、記憶しておきたい。

話を元に戻すと、ウオッカの血統で心配されたクロス馬の種類の多さと、スピード対応については、近2走を見る限り、まずは大丈夫のよう。好調厩舎の技量もあり、順調に能力開花が進んでいるようである。

サンデー系と称される種牡馬は、今年から導入されるディープインパクト、ハーツクライに至るまで、毎年のように増え続けている。そして、アグネスタキオンやスペシャルウィーク産駒など、期待されている種牡馬たちは、順調に実績を残しつつある。それに対し、サンデーと同じHail to Reasonの系統を受けながら、ブライアンズタイム系と称される種牡馬たちの実績は、伸び悩んでいるのが実状。

この理由については、血統構成や、それ以外の要素など、いつくかあげられるが、血統上の理由としては、スピード比率が少ないことと、日本では実績の残しにくいスタミナ系をどう活用するかという2点に、集約されるだろう。

後者の問題を、タニノギムレット内でいえば、Graustark-Ribot、Sea Bird、Sicambreといった血への対処である。これらの血は、決して悪い血ではなく、欧州ではむしろスタミナ補給という点で欠かせない血といえる。欧州の上級馬に多くみられるSadler’s WellsとMill Reefの呼応による配合などは、まさしくこうしたスタミナの血を活用しており、その意味では主流となっている系統である。

日本でも、ナリタブライアン、ミホノブルボン、そしてタニノギムレットなどは、Ribot、Sicambreにみられるスタミナが能力参加を果たし、いわゆる大物に成長した例である。アベレージ・ヒッターともいえるサンデー産駒に対して、有馬記念など、中長距離のここ一番というレースで、ブライアンズタイム産駒のほうが良績を残せた血統的要因は、前述したスタミナ系の血の再現に成功したことだといえる。逆にいえば、サンデーサイレンスには、底力に通ずるスタミナ要素が欠けていた。ここが、両者の大きな違いなのである。

そうした視点に立つと、タニノギムレットの血統構成は、前述したように、これまでの内国産種牡馬にはみられなかった内容を持っている。たいせつに育て、残してていきたい種牡馬である。

底力といえば、昨年は、牝馬のカワカミプリンセスが、牝馬らしからぬ力強いレースぶりを披露してくれた。失格降着のために、惜しくも無敗記録は逃したが、その強さ、底力は、十分に伝わってきた。

この馬のスピード源は、Hail to Reasonへの血の集合にあるが、底力とスタミナに通じる要素としては、6つのPrincequilloと、その中にあるPapyrus-Traceryのスタミナで、前述したRibot、Sea Bird内に存在する共通要素である。となれば、タニノギムレットとカワカミプリンセスの血の相性はよいはず。架空分析表を掲載しておいたので、検証してみていただきたい。

▸ タニノギムレット×カワカミプリンセス分析表

この馬の8項目評価は以下のようになる。
 ①=□、②=△、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□ 、⑦=○、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

少し世代ずれは生ずるものの、父と母の傾向は忠実に再現されている様子が確認できるだろう。

以下、羽鳥補足:

のちにウオッカは、牝馬ながらダービーに挑戦し、見事父娘での制覇を成し遂げた。その他、牡馬ではスマイルジャックがG2スプリングSを、セイクリッドバレーがG3新潟大賞典を制したが、残念ながら後継種牡馬を残すことは叶わなかった(スマイルジャックやハギノハイブリッドらが種牡馬入りはしているが、残念ながら産駒は少頭数であり、後継と呼ぶには心細い)。

ウオッカは、欧州に渡り繁殖牝馬となり、その産駒の多くは外国産馬として日本で競走生活を送ることになるが、タニノアーバンシー(父Sea the Stars)とタニノフランケル(父Frankel)が4勝を挙げたに留まっている。

その理由を血統的な背景に求めるとしたら、やはり日本の馬場に対するスピード・スタミナの比率ということになるだろう。タニノギムレットの内包するGraustark-Ribot、Sea Bird、Sicambreといった良質のスタミナをうまく生かせば生かすほど、開花の度合いが育成・練成や厩舎技量に左右されやすく、そして瞬発力勝負への対応が厳しくなってゆくからである。

久米先生が指摘していたブライアンズタイム系種牡馬にあって、ほとんどのサンデー系種牡馬に足りないもの=スタミナ・底力——本来は重要な要素であるそれが、現在の日本の馬場ではむしろ逆転してしまっていると言っても過言ではないだろう。タニノギムレットが後継種牡馬を残せなかったことは、そうした偏りへの1つの警鐘と言えるかもしれない。

 

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